□ キミにシアワセを 1 □










「サスケ、朝だってばよ」

 家中に響く声にサスケは無意識にベッドから起き上がり、一階に下りた。

「おはよう。サスケ」
「………はよ」
「ほらほら、座って」
「ん」

 殆ど起きていないサスケは居間の円卓に腰を下ろした。
 目の前には豆腐の味噌汁、白いご飯に、焼き鮭、焼き卵、漬物。
 和の朝食が並べられていた。
 美味しそうな匂いが鼻腔を擽ると同時に。
 グー。
 お腹が鳴った。

「食べていいってばよ」
「待つ」

 戸を隔てた台所で金の長髪をおろした一人の少女が薬缶が沸くのを待っている。

「いいってば。美味しいうちに食べろって」

 クスクスと笑って振り向けた少女は青い瞳を優しげに細めて、サスケに食事を促した。

「待つ」
「頑固だな〜」

 ピーと音をたてる薬缶に振り返り、少女は火を止めて茶葉を入れた土瓶に湯を落とす。
 そしてお盆に土瓶と湯のみ茶碗を二つ乗せて、それを両手に持ってサスケの目の前に座った。

「お待たせ」
「ん」

 土瓶を傾けて湯のみ茶碗に焙じ茶を注ぎ、サスケの前に置いてから両手を合わせた。
 サスケも両手を合わせて。

「「いただきます」」

 サスケの右手が箸を取るのを見てから、少女は自分の湯のみ茶碗に焙じ茶を注いでから箸を手に取った。

「美味しいってば?」
「うん」
「よかった」
「ナルト姉さんの料理は美味しい」
「有難う。サスケに褒められるのが一番嬉しいってば」

 頬に仄かに染めて微笑む少女・ナルトに、サスケも小さく笑った。

「今日は部活あるの?」
「止めた」
「また!」
「またって」

 味噌汁を飲んで、ゆっくりと目を覚ましていくサスケの返答に、ナルトは目を見張った。

「だってまただろ。今度は何が原因だ?」
「うるさくって」
「何が?」
「マネージャーが」
「ああ、そっちが原因が」

 納得したナルトにサスケは頷いて、きゅうりの漬物を頬張った。

「そっか。じゃ当分は帰宅部?」
「ん」

 友人から誘われなければ、と付け足すサスケに、ナルトはわかったと答えた。

「じゃ夕食は早めに作っていいってば?」
「ん」
「わかったってば」
「ナルト姉さんは?」
「うん?」
「部活、今日あっただろ」
「ええっと………」

 首を傾げるナルトにサスケは小さな溜息を吐いた。

 オレのことは全て把握しているのに、何故か姉は自分のことは無頓着だ。

「一昨日、言っていた」
「そうかな?うう〜ん、記憶がないってばよ」
「テマリに聞いとくことを進める」
「そうするってば。あ、また呼び捨て!」
「本人の前ではちゃんとさんをつけている」
「そうだけど―………目上の人には気をつけないといけないってば」
「わかってる」

 頷いて、白米を頬張るサスケに、ならいいとナルトは卵を頬張った。

「あ、じゃ部活があったら夕食が遅くなるかも」
「構わない」
「でも」

 お腹が空くだろうと心配そうに言うナルトに、サスケは菓子でも食べて待ってると答えた。
 すると。

「駄目だってば!あんな身体に悪いもの」
「悪いけど、腹の足しにはなる」
「それでも駄目!」
「じゃどうすればいい?」
「決まっているだろ。部活をサボる!」

 断言するサスケに、サスケは密かに口の端を上げて。

「じゃ早い?」
「早く帰ってくるってば」
「待ってる」
「うん」

 花が開かんばかりの笑顔を向けるナルトに、サスケも柔らかい笑顔を向けた。

 そうして。

 朝食を終えた二人は、学校に行く支度をする。
 ナルトは朝食の片づけを。
 サスケは顔を洗い、髪を整えてから学ランに着替えて、カバンを片手に一階に下りた。

「ナルト姉さん」

 呼べば、ナルトは嬉しそうに台所から居間に駆け込み、庭の縁側に腰を下ろす。
 サスケはナルトの後ろに膝立ち、金の髪を櫛で梳く。
 硬くて真っ直ぐな髪を大切そうに触れて、結っていく。

「いつもごめんな」
「今更だ」
「そうだってばね」

 季節ごとの花を咲かせ、緑豊かな庭を眺めながらナルトは優しく目を細めた。

「寝るなよ」
「寝ないってば」
「そう言って、前は半分寝かけただろ」
「ヴッ」
「起こすのが大変だったんだぞ」
「ご、ごめんってば!何度も謝っただろ」

 早く忘れろ、と顔を赤くするナルトにサスケは忘れられるかよと答えて笑った。
 腰まで長い髪を一つに纏めて。

「今日はポニーテールにした」

 手鏡をナルトに渡す。

「わ、リボンまでつけてくれたんだ」
「ああ、赤はナルト姉さんに似合うから」
「有難う」

 振り返って礼を言うナルトにサスケはこのぐらいどうってことない、と答えて櫛と手鏡を居間の隅の棚に仕舞う。

「時間だな」
「あ、本当だってば。サスケ、忘れ物はないってば?」
「ない」
「じゃこれ今日の弁当」
「有難う」
「どういたしまして」

 A4サイズとB6サイズの弁当箱。
 一つはご飯とおかず。
 もう一つは果物が入っている。

 マメ、だよな。

 手渡された弁当をカバンに入れて、サスケは玄関に足を向けた。
 ナルトは戸締りをしてから、カバンを片手に玄関に向かう。

「お待たせ」

 靴を履くナルトにサスケはすかさず手を伸ばす。
 ナルトは自然と手を重ね、靴を履き終える。

「有難う。サスケ」
「ん」
「じゃ行こうか」

 二人は玄関を出た。
 石畳の道を歩いて外門を潜り、扉を閉めれば機械音が鳴った。

「それじゃサスケ、気をつけて行くんだぞ」
「ナルト姉さんも」

 外門を出れば、黒塗りの車が一台止まっていた。
 ナルトの送迎車だ。
 乗り込むナルトを見送り、サスケは大きな門を見上げた。

 玄関、外門ともに自動ロックされるこの家は広大な敷地を有している。
 建物自体は古風でそんなにも大きくないのだが、庭が広い。
 それはもう言葉には言い表せない程に広大だ。
 小さい頃、よく庭でかくれんぼをして迷子になった。
 どうしようもなくて、その場に座り込んでいたら、ナルトが泣きながら探しにきてくれた。

『サ…スケ……』

 泣きじゃくるナルトを宥めてオレ達は誰もいない家に帰る。
 普通は立場が逆だ。
 けれど。

「オレは泣けないから」

 どんなことがあっても泣けない。
 弱音を吐けないから。
 それが。

「契約だ」

 うずまきとの―………。
 
 サスケは目を眇め、その場を駆け出した。





   − 続 −



   06/10/28UP