表紙:桜沢まひろ様









□ 未来の約束 □











「大佐、あの邸を買ったというのは本当ですか?」
「ん?ああ」

 頷きながら、大佐―ロイ・マスタングは本日から自分の仕事場になる東方司令部に目を向けた。
 中央司令部よりも小さな。
 などと思いながら、ロイは門を潜った。
 ロイの背後には副官であるリザ・ホークアイ中尉が眉間に皺を寄せて後に続いた。

「あの邸がなんと言われているのかご存知ではないのですか?」
「知っているよ」

 ロイは顔を後ろに向けて。

「幽霊屋敷、だろう」

 ニヤリ、と口の端を上げて言った。

「存じているならば、何故購入をしたのですか」
「安かったから」

 その言葉に、リザは思わず右手で頭を抱えた。
 安かったからって………何を庶民のようなことを。
 大佐とあろうものが。
 国家錬金術師とあろうものが。
 私達よりも一桁、いえ、二桁以上多い給与を貰っているというのに。
 安かったから、とは………。

「それだけの理由で、曰くのある邸を買ったと」
「そうだよ」

 ロイは返事を返しながら、司令部内に踏み込んだ。

「軍が支給してくれた家は馴染めなくてね」
「馴染むも何も、一昨日に移り住んだばかりですが」
「うん。そうなんだけど、一日で嫌気がさしてね」
「………嫌気、ですか」

 私には大佐の言葉こそが嫌味に聞こえます。

「その日のうちに家を出て、ホテルに移り住んで家を探したんだよ」

 家、というよりは邸宅になってしまったが。

「………曰くつきの邸は嫌気がささなかったと」
「ああ」
「そうですか。しかし、もう一度考え直して貰えませんか?」
「何故だね」
「あの邸は幽霊だけではないからです」

 その言葉に、ロイは楽しそうに笑った。

「大佐?」
「それも耳にタコが出来るぐらいに聞いた」

 人が消えるのだろう。

「春になると」
「!………存じているならば」
「それも楽しみだと思ってね」
「大佐!」

 何を寝ぼけたことを笑いながら言っているんですか!、とリザはこめかみに青筋をたてた。
 ロイは右から左へ受け流す。

「それよりも、中尉」

 それよりも、とは何ですか。
 ギロ、とロイを睨み付けて。

「はい」

 低い声で返事を返した。

「私達の執務室は何階かね」
「三階ですが」
「そうか。じゃ、先にそちらへ行こうか」
「将軍に挨拶が先です」
「まだ、出勤をしていないそうだよ」

 先ほど、受付嬢が言っていた。

「………さようですか。では、先に赴いてお待ちしていればいいのでは」
「暇じゃないか」

 暇は嫌いだ、とばかりに言うロイ。

「大佐」

 頭痛がする、とばかりにリザは重々しい溜息を吐いた。
 ロイは階段を上がり、三階にある執務室に向かった。
 階段を上がって、左側に足を進めると司令室。
 その真向かいに。

「ここか」

 自分の部屋になる執務室があった。
 ロイは扉を開けた。

「執務机と椅子しかないね。この部屋は」

 マイペースなロイに、リザは呆れを通りこしながら問うた。

「………何が必要ですか?」
「そうだね。本棚とソファにテーブルが必要だと思うのだが」
「畏まりました。用意いたします」

 リザの返答に頷いて、ロイは仮眠室である隣室のドアを開けた。
 そこは。

「こんな所に金をかけるぐらいなら、建物に金をかけた方がいいと思うのだがね」

 室内の真ん中に天井つきのキングベッド。
 ベッドの周囲には目映い調度品、豪奢な家具。
 誰だ?
 仮眠室を私物化した者は。

「必要がないものばかりだな」
「そうですね」
「ベッドだけを残して、全てを売り払ってくれ」
「はい」

 ロイは執務室に戻り、執務机を迂回し、窓を開けた。
 冷たい風が頬を撫でる。
 十月下旬。
 冬がもうすぐそこまできていた。
 年末が近いこの時期は、どの司令部も忙しくなる。
 にも関わらず、人事異動など。

「嫌われたものだな」
「今更です」

 ポツリ、と呟けば、背後からキッパリと肯定する副官に、ロイは苦笑した。
 四日前までセントラルの中央司令部で働いていた自分は、嬉しいこと(否、かなり嬉しくはないのだが)に上から大層嫌われている。
 自分で言うのもなんだが、顔は二枚目で、二十六歳で大佐まで上り詰め、現在独身。
 老若男女、とはいえないな。
 男には嫌われている。
 だが。
 自分でいうのもなんだが、女性には人気がある。
 喜ばしいこと。
 なのだが。
 それらが上層部の者達は気に食わないらしい。
 が。
 私は大総統には覚えがよく(平たく言えば可愛がってもらっている)セントラルの将軍方が蹴り落としてやりたいと思っていても、あからさまな態度は取れない。
 ともなれば、打つ手は一つ。
 テロ事件が絶えないイーストシティの管轄を任せて、運良く騒動で命を落としてもらおうという行動に出た。
 裏を探るまでも無く、目に見える行動に思わず、苦笑いをしてしまった。
 それは親友であり、悪友であるマース・ヒューズ少佐。
 そして。
 副官であるリザも、辞令を呆れ果てた目で見ていた。
 上司からは選別に、『キミは今後セントラルに戻れない。栄転だ』、と言われて見送られた。

「ま、それもいいか」

 痛々しい視線。
 鬱陶しい嫌味。
 それらがないだけで、心が安らぐし。

「よくありません」

 ロイの思いを見越してか。
 リザが突っ込んだ。

「大佐には何が何でも、セントラルに戻ってもらいます」
「とは言ってもね」

 振り返り、腰を窓辺に預けてロイはリザに視線を向けた。

「上が帰ってくるな、と吠えている限り、私は帰れないのだよ」
「大総統が黙っているわけがありません」
「中尉」
「大総統からの伝言です。三、四年はイーストで骨休みをしてきなさい、と」
「それはキミに言ったのではないのかね」
「いえ、大佐にです」
「ほう」
「遅くても、五年後には呼び戻す、と」
「呼び戻すかい」
「はい」
「やれやれ、そんなことをされたら、また刺すような視線と嫌味を言われるじゃないか」
「それだけ、大佐は人気があるということです」
「中尉」

 そんな人気はいらないよ。
 欲しくもない。
 ああ、でも。

「大総統が引退すれば、私を呼び戻すことも」
「どこをどう考えたらあの方が引退するなど思いつくのですか。目を開けたままで寝言を言わないでください」

 確かに。
 そう簡単にくたばる。
 否。
 引退する人ではない。

「わかった、わかった。中央に戻れるように努力しよう」

 投げやりの返答をするロイに、リザは厳しい視線を向けて。

「私も微力ながら、助力します」

 リザの言葉に頷けば。

「大佐〜、将軍が出勤したっスよ」

 リザの背後から顔を覗かせたのはロイの直属の部下でジャン・ハボック少尉。
 火が点いていない煙草を口に銜えて、ピコピコ、と上下させながらロイとリザを交互に視線を向けた。

「中尉、なにをピリピリしているんっスか?」
「…何もないわ」

 踵を返して。

「大佐を連れてきてください」

 先に行きます、と言ってリザは廊下を早足で歩み進めていった。
 それを見送って。

「何をして怒らせたんですか?」
「いや、怒らせたつもりはないのだがね」
「?」
「さて、では行こうか」

 将軍を待たせるわけにはいくまい、とロイは執務室を出た。
 将軍を筆頭に、東方司令部の佐官と顔合わせだ。

「一応、気合をいれておこうか」

 中尉が怒らない程度に。

「程々にお願いします」

 一歩後ろを歩くジャンがぼそっと呟きを落とす。

「ん?もう目をつけたのか?」

 司令部の女に。

「うす」
「早いな」

 ロイは笑って。

「私は横取りをするつもりはないぞ」

 今も。
 昔も。

「大佐はそうでも、相手は違うっス」
「それは私の所為ではないぞ。お前の努力が足りないからだ」
「………ヒデーっス」

 落ち込むジャンを横目にロイは胸中で嘆息した。
 努力か。

「ハボック」
「はい」
「セントラルに戻りたいか?」
「それが当面の目標ですから」

 何を今更、とジャンが首をかしげた。
 目標、か。
 そうだな。
 私が目指すのはこの国のトップだ。
 イーストで終わるわけにはいかない。
 それはわかっているのだが。

「疲れているのかな」
「大佐?」
「いや、なんでもない。急ごう」

 ロイは足の速度を上げながらも、小さな吐息を吐いた。

 重い、な。





   〜 続きはオフにて