表紙:桜沢まひろ様










□ 恋を召しませ □











 





   第一話



     01

「うう〜寒い〜〜〜」

 首を長いマフラーでグルグル巻いて、エドワード・エルリックが学校への道筋を軽やかに駆けていると。

「おはよう」

 幼稚園の門前で、一人の男が爽やかな笑顔で朝の挨拶を園児にしていた。
 漆黒の短髪に瞳。
 端整な顔は園児の奥様達のお気に入りだ。
 名はロイ・マスタング。
 白のVネックニットにデニムのパンツ。
 青いエプロンにチューリップの名札をつけている。
 その光景を遠目に見つめながら、熱を持つ頬をマフラーに隠して、止めていた足を前に出し、その場を後にした。
 幼稚園を通り過ぎて、高校までの道を歩く。
 と、そこへ。

「おはよう。エド」

 背後から声をかけてきたのは、金の長髪と青い瞳を持つ中学からの友達―ジュリ・グラニエ。
 ホテル王の孫娘。
 豪奢で我侭で自慢ばかりする彼女に怖いものなどない。
 好き嫌いもはっきりしている。
 物に対しても。
 人に対しても。
 悪びれなく自分の気持ちを素直に口にするところが、嫌われている原因なのだが、オレは案外、そういう所に好意をもっていたりする。

「今日も立っていたわね」
「し、仕事だからな」

 エドワードはマフラーに顔を埋めながら言うと、ジュリはニヤニヤと笑って。

「そうよね。仕事だもんね」
「………意地が悪いぞ」

 小さな声で呟きを落とし、エドワードは早足で高校の校門を潜った。
 幼稚園と高校は一メートルぐらいしか離れていない。
 目と鼻の先と言っても過言ではない。
 その所為か。

「ね、ね、見た?見た?」
「見たわよ!今日も素敵だったわ」

 下駄箱に辿り着くや否や、黄色い悲鳴が聞こえてきた。

「ま、エドだけがあの人を見ているわけじゃないけどね」
「………」
「黒の髪と瞳、整った顔。年は三十路で、既婚者。でも、耳に心地いいバリトンの声で口説かれたら、フラフラっとついていくわね」

 男だろうが。
 女だろうが。
 でも。

「しっくりこないのよね」

 保育士という職業についていることに。
 ジュリは上履きに履き替えて。

「じゃ、私は職員室に用があるから」

 と言い残し、ジュリは廊下を駆けていった。
 それを横目にエドワードは靴を脱ぎ、上履きを取り出せば、足元にパラパラと落ちる数通の手紙。
 それを視界に入れて、エドワードは溜息を吐いた。
 以前は鬱陶しいことこの上ない手紙。
 外見だけで何故、好きだといいきれるのか。
 とても謎だった。
 自分は絶対に内面で人を好きになる。
 外見なんて二の次だ、と思っていた。
 けれど。
 その思いは覆された。
 アイツによって。
 だって。
 オレは何も知らないアイツを好きになったから。
 外見に……惹かれたから………。
 この手紙の差出人と同じで、外見で心が揺り動かされた。

「………最低」

 ポツリ、と呟きを落として、エドワードは手紙をカバンに突っ込み、上履きに履き替えて教室に向かった。
 紺の制服を着た生徒が廊下を行き交う。
 朝の挨拶を交わして、各教室に入っていく。
 エドワードも、見知った同級生に朝の挨拶を交わして暖房がきいた教室に入り、窓際の後ろの席に着く。
 マフラーを解き、カバンの中から教科書とノートを取り出してから、マフラーを突っ込み、机の横に掛けた。
 一息吐いて、窓の外に視線を向けた。





   〜続きはオフにて〜





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   第二話



     01

「ブラッドレイ先生」

 リザはこめかみに青筋をたてて、目の前に鎮座する男を睨み付けた。

「原稿が仕上がったと聞いて、足を運んだのですが」

 手にあるのは真っ白の原稿。
 あるはずの文字がない。
 まったくない!

「そうだったかな」

 などととぼける男に、リザは頭痛を覚えた。
 黒の前髪を後ろに流し、左目に黒の眼帯をつけ、紺の着物を着て畳の上でどっしりと構えているこの男。
 キング・ブラッドレイ 四十八歳。
 二十代で賞という賞を総なめにし、幅広いジャンルを手がける小説家、大先生。
 だが。
 担当者苛めとして、有名な人でもある。
 キングの担当はリザで五十六人目。
 沈着冷静と謳われたリザでも、余りのふざけた行動に堪忍袋の尾が切れて、担当を下ろして欲しいと言ったほどだ。
 しかし。
 リザが担当からおりるならば、契約を打ち切る、と言ってきた。
 編集長には平謝りされて。

『頼む。頑張ってくれ!』

 手当を出すから、とまで言われれば否、とは言えない。
 リザは腹を括った。
 括ったが。
 我慢の限界というものがある!
 バン、と原稿を床に叩きつけて。

「ブラッドレイ先生!おふざけも大概にしてもらわないと」
「どうするのかね?」

 楽しそうに笑うキングに、リザも綺麗な笑顔を向けて。

「担当をおろさせてもらいます」
「おりたら」
「会社を辞めさせてもらいますので、どうぞ契約を打ち切ってもらって結構です」
「!」
「今まで、お世話になりました。先生も」
「ちょっと待った!」

 リザの言葉を遮って。

「まさか、本気では」
「本気です」
「!」
「これ以上、ブラッドレイ先生のおふざけに付き合ってはいられませんので」

 それだけを言い置き、リザが踵を返そうとした。
 その時。

「わかった。わかったから」

 何が分かったというのか。
 リザが辛らつな眼差しをキングに向ければ、目の前には茶封筒が掲げられた。

「!」
「原稿だ」

 リザの手に押し付けて。

「これで、辞めることはないな」
「は、はい」

 ないですが………。
 リザはチラリ、とキングを窺うように見つめた。
 書き上げている原稿があるというのに、白紙の原稿を手渡して、私を怒らせて、本当に何を考えているのだろう。
 理解ができない。

「リザ?」
「………確認をさせてもらいます」

 茶封筒から原稿を取り出し、リザは目を通していく。
 計六十枚。
 数はある。
 あるけれど。

「………これはなんですか?」

 最後の原稿に挟まれていた舞台チケット。

「何ってチケットだが」
「いえ、そうではなく」
「原稿があけたから、舞台でも見に行こうかと思って」

 誘っているのだが。

「………私を、ですか?」
「キミ以外に誰がいるのかね」

 いや、誰がいるのかはわかりませんが。

「無理です」
「何故?」
「仕事があるので」

 本日の午後六時開演。
 その時間は、まだ仕事に追われている頃だろう。

「どうしても無理か?」
「はい。申し訳ありません」

 リザはチケットを足元のテーブルに置いて。

「それでは、これで失礼します」

 言いおき、リザは玄関を出た。
 玄関のドアを閉じてから、リザは溜息を吐いて。

「何故、私を舞台に誘うのか。理解ができない」

 担当なのに、と呟きを落とした。



 その頃、キングはテーブルに置かれたチケットを見つめて溜息を吐いた。

「ダメだったか」

 その場に座り込み、白紙の原稿を集めてテーブルに置いた。

「かなり、勇気がいったのだが、な」

 彼は私の担当者であり、それ以上でも以下でもない。
 それは当然のことだ。
 それに、仕事を辞める、と言えるほど、私に執着はないのだ。

「それも当然か」

 子供のように、好きな子を苛めるようなことをしていれば………。
 でも。
 そうしなければ、彼と対応ができなくて。

「ダメだな」

 私はこの年まで本気の恋をしたことはなかった。
 なかったから、どう接すればいいのか。
 どう、気持ちを伝えればいいのか。
 分からなくて。
 否。
 それだけじゃない。
 相手は男だということも含まれている。
 私も男で………同性の気はなかったのに。
 いや、今もない。
 彼だけ。
 リザだけだ。
 ギュ、と目蓋を閉じて。

「やはり、この恋は諦めるべきか」

 否。

「諦るしかない」

 リザが男に恋をすることはないのだから。
 だが。
 少し。
 ほんの少しだけ、期待をしていた。

「馬鹿だな」

 空笑いをして、キングは眦から涙を零した。

 伝えることが出来なかった恋の終焉を向かえ。

 もう。

 恋をすることはないだろうと思って………。





 〜続きはオフにて〜