表紙:ゆずは様










□ ゆりかご □










※23P〜27Pまでのお話です。




     01

 木を掘り刻み、繊細なデザインを模ってから一息ついた。
 あと、これを組み立てれば完成だ。
 と、思った。
 その時。

「ロイ兄!」

 元気な声で呼ばれ、振り返れば金の塊が突進してきた。
 漆黒を纏う男は慌てて立ち上がり、少女を両腕で抱きとめた。

「こら、エディ。危ないじゃないか」
「へへ」

 危ない、と言ってもどんなときでも必ず抱きしめてくれる男を信頼しているのか。
 少女―エドワードは気にするもなく、満面の笑顔を男に向けた。

「本当に」

 わんぱくに育って。
 男―ロイは苦笑し、エドワードを抱き上げた。
 金の長髪は蜜編みで纏め、白い肌に春らしいワンピースを着た少女は、トリシャさんの忘れ形見だ。





 トリシャさんと一緒に父さんから逃げた私達だが、行くあてはなく、どうしようか、と思いながらも足は東に向かった。
 砂利の道を歩き、時には馬車に乗せてもらって、辿り着いた先はイーストの田舎、リゼンブールだった。
 長閑な村にトリシャさんは痛く気に入ったこともあり、私達はこの村に腰を据えた。
 だが。
 直ぐに家が出来るわけがなく、野宿をしようとしていた私達に声を掛けてくれた人がいた。
 医者であり、機械鎧技師でもある。
 ピナコ・ロックベル。
 煙管を片手に、トリシャさんを見るなり、赤ん坊がお腹にいることを言い当て、怒られた。

『母体に赤ん坊がいるっていうのに、何を無理している!馬鹿者!!』

 怒鳴りながらも、身体を見てやると言って服を無理やり脱がせば、金の耳と尻尾が飛び出てきた。
 それを見るなり、ピナコさんは険しい顔をして。

『満月の道を通ってきたのかい』

 それさえも言い当てたピナコさんに、私とトリシャさんは驚いたものだ。
 ピナコさんは私達の事情を聞きながら、トリシャさんと私の検査を済ませた。

『フン、なんてバカな父親だい。自分の子供を放っておいて遊ぶなんて』

 大人になりきれてないんだね、と一刀両断。

『行くところがないなら、ここに住みな』

 とも、言ってくれた。
 家にはピナコさんしかいなくて、息子夫婦はイーストシティで医院を開業しているそうだ。
 年寄りの一人暮らしにも飽きた、と飄々と言うピナコさん。
 私とトリシャさんは、ピナコさんの言葉に甘えることにした。





「ロイ兄!」
「え」
「え、じゃない!」

 頬を膨らませて、すっかり拗ねてしまったエドワードを目に留めてロイは慌てた。

「す、すまない。ええっと、何だったかな?」
「何だったじゃない!もう」
「ごめん」

 本当にごめん、と謝って、エドワードの頬にキスを落とした。

「ヴ〜〜〜仕方ないな」

 頬を仄かに赤く染めてエドワードは怒りを静めた。

「それで、なにかな?」
「さっき、電話があって」
「誰から?」
「KBから」

 その言葉にロイは目を細めた。

「明日、いつもの店でって」
「そうか」
「うん。それとね」
「?」
「オレも来なさいって」
「!………エディも」
「うん。久しぶりに会いたいって」

 そう言ってくれたのが嬉しかったのか。
 エドワードは満面の笑顔だ。

「そうか。じゃ明日は一緒にお出かけをしよう」
「うん!」

 久々のお出かけ、と喜び勇むエドワードにロイは優しげに見つめて。

「そういえば、今は何時だい?」
「もう直ぐ三時!」
「おやつの時間だね」
「そうだよ」

 だから、呼びにきたんだ、と言うエドワード。

「おや、電話があったからじゃないのかい?」
「それはついで」
「ついでかね」
「そ、ついで」

 ロイはエドワードを下ろした。
 くるり、と一周回って。

「今日のおやつはマフィンとロイは挽きたてのコーヒーとオレは苺の紅茶」
「それは美味しそうだな」

 だが。

「エディ、自分のことをオレ、と呼んではいけない、と言っただろう」
「だって」
「だってじゃない。女の子なんだから」
「それって男女差別!」
「エディ」

 どこからそんな言葉を覚えてくるんだ。

「オレはオレでいいの!」

 言い切り、エドワードは家に入っていった。
 その背を見送って。

「仕方ないか」

 エディが自分のことをオレ、というのは私の一人称を耳にして育ったからだ。
 半分諦めの溜息を吐いて、ロイの意識は過去に遡った。




 リゼンブールで腰を据えたトリシャさんと私。
 トリシャさんはピナコさんの手伝いをしながら、こちらの世界の料理を覚えては研究した。
 私は小さいながらも村の小学校に通わせてもらった。
 小さな。
 それでも温かい毎日を送っていた。

 しかし。

 それは長く続かなかった。
 大きくなっていくお腹。
 元気な子供だと、ピナコさんのお墨付き。
 一日も早く会いたい。
 そう、願い。
 赤ん坊もそれを聞きいれたかのように、産まれてきた。

 だが。

 トリシャさんの身体がもたなかった。
 元々、身体が弱かったらしく、トリシャさん自身は覚悟を決めていた。
 産んで直ぐ、わが子を抱きしめ顔を見つめながら、トリシャさんは幸せそうに笑んで亡くなった。
 それからは、私とピナコさんがエディの親代わりとなった。
 人懐っこい子で、誰にでも懐いた。
 どこにでもいる子供。
 けれど。
 普通ではない、と思わせるのは母親と同じ、金の耳と尻尾を持つ外見。
 コチラの世界の子供にはないモノであることは一目瞭然で、近所の子供達から何度も聞かれて、泣いて帰ってきたことがあった。
 その度に、私はエディを宥めた。
 自分はおかしい、と。
 変だ、と。
 泣きながら言うエディを抱きしめて、おかしくはない、変でもない、と言い聞かせた。

『俺は好きだよ。エディの耳』
『ふぇ』
『ふわふわで手触りがいいし』
『ほんと?』
『ん?俺はエディに嘘を言ったことがあったかな』
『な、ない!』
 でも。
 しゅん、と金の耳を伏せるエディ。
 外でどれだけ心に傷を受けてきたのか。
 目に見えて、私はギュ、とエディを抱きしめた。
 すると。

『フン、人を外見で判断する奴のことを聞き入れちゃダメだよ』

 仕事が終えたのか。
 それとも休憩で仕事部屋から出てきたのか。
 煙管を片手に、ピナコさんがエディに言った。

『で、でも』
『泣くんじゃないよ。外見しか見ていない馬鹿者に泣かされてどうする』

 強く生きなきゃ駄目だろ。

『つ、つよくって』
『エドにはこうして、ロイが傍にいてくれるけれど、世の中には、寂しくても、悲しくても、傍に誰もいない人がいるんだよ』
『だ、だれも?』
『そうだよ。誰も傍にいないんだ』

 それを考えたら。

『エドは幸せじゃないか。傍には優しいロイとわたしがいる』

 クシャリ、と金の髪をかき混ぜれば、エディは何度も頷いた。

『ばっちゃんとろいにぃがいてよかった』
『そうだよ。だから、他人から変だ、と言われても、胸を張ってな。泣き顔なんて見せるんじゃないよ』
『うん!』

 力強く頷くや否や、涙を手の甲で拭って。

『オレ、つよくなる!』

 と、宣言した。
 その日から、エドワードは自分の容姿で泣くことはなくなった。




「その代わり、甘えん坊に拍車がかかったが」

 それすらも可愛く、愛しい。

「ロイ兄〜〜〜」
「今行くよ」

 紺のエプロンについている木くずを掃いながら、家に足を向けた。

 エディのお手製であるマフィンとコーヒーを頂く為に。





   〜 続きはオフにて 〜