表紙:はづき様










□ カルマ 上 □













     01





 コポコポコポ


 薄暗い研究室。
 電子音、機器、コードがひしめき合い、その中央に設置されている強度のあるガラス張りの円状カプセル。
 その中には青い液体。
 そして。
 五歳ぐらいの子供がゆらゆらと揺れていた。

 シュン、と自動扉が開く。

 通路の光を背に、漆黒の前髪を後ろへ流し、左目に眼帯をつけて黒衣を纏った男が、カプセルに歩み寄った。
 カツ、と銀の長剣を床に突きつけて、両手を柄に重ね合わせて、男は口の端を上げて、子供を真っ直ぐに見上げた。

「気分はどうかね」
『悪くない』

 子供は目蓋を上げず、また口も開かずに、男の頭に直接語りかけた。

「キミの存在は誰にも気づかれていないようだな。神にも最愛の者にも―………」
『エディはともかく、神に気付かれてしまったら、ここを襲撃される』
「それはそれで面白いことになりそうだから、私は一向に構わないよ」

 楽しそうに笑う男に、子供は苦笑した。

「外界は自然が豊かになった。都会に行けばビルばかりだが」
『千年で人間も考えを改めたか?』
「どうかな。争いは耐えていないからな。私たちには嬉しいことだ」
『そうだな』
「人間が生きている限り、争いはなくならん」

 コポリ、と丸い球体が上がる。

「人は人を愛し愛されて、恨み憎まれて」

 クツリ、と笑みを漏らし。

「これほどまでに喜怒哀楽が激しい生き物もそうおらん」
『彼らは悔いを残さず、精一杯生きているだけだ』
「短い命だけに、な」
『それだけではないと思うが』
「フン」
『羨ましいか?キング』

 男―キングはヒョンと眉を上げて。

「羨ましい、か。そうだな。感情はともかく、新たな命を産める。それが羨ましい。私たちには人間のように新たな命は授からないからね」
『キング』
「愛する心はあっても、それが形になることはない。私は生まれて初めて哀感という感情を、身を持って知った」

 キングはギュと両手に力を込めた。

『人間になりたいのか?』
「―………いや」
『キング?』
「彼女がいなければ………」

 目を伏せて、キングは小さく頭を左右に振った。

「湿っぽい話になった」
『いや』

 キングはガラスに片手を添えて。

「あと、二年だ」
『………』
「その間にここが見つかったら、面白いことになりそうだ」
『キング』
「フフ、争いを好む種族なのだよ。我ら闇の眷属は」

 それに、と舌なめずりをして、キングは目を細めた。

「天上人の血と肉は美味で、それらは我らの力の糧となる」
『………』
「だが、お前の血と肉は今までに口にしたどの天上人よりも極上だった」

 黒の瞳を赤く染めて、キングは目を細めた。

『私の血と肉は全て食したのだろう』

 まだ、食べたりないのか。
 呆れたように言えば、キングは笑って。

「ああ、足りないな」

 足りないよ。

「天上人の血と肉は我らの力となるからね」

 特に。

「お前のような力を持つ者の血と肉は格別だ」
『………』
「お前の最愛の者も、引けを取らず美味なのだろうな」
『キング』

 子供は冷ややかな声を発して。

『アレに手を出せば、殺すぞ』

 キングは薄っすらと笑んで。

「出しはしない。お前の機嫌を損ねることはしない」

 でないと。

「首が飛ぶのはこちらの方になりかねんからな」

 クツクツ、と楽しそうに言うキング。
 その口調はまるで子供を挑発するかのようだ。
 そのことに気がついているのか。
 子供が黙っていれば、キングは目を眇めて。

「怒らないのか?」
『怒ってほしいのか?』

 コポリ、と子供の口から空気が漏れる。
 ゆっくりと子供の目蓋が開いた。
 吸い込まれそうな漆黒の瞳がキングを見下ろす。

『仲間を殺すな、などと綺麗ごとを言うつもりはない。種族に差異があるのは当然のこと』
「なるほど。仲間を見限る、と」

 その言葉に子供は口の端を上げて。

『私達を先に見限ったのはアチラだよ。キング』
「………」
『それに、私はアレさえ守ることが出来ればいい』
「………彼女、か」
『ああ、私は何を犠牲にしても、アレを守る』

 願うのはアレの幸せのみ。
 その為に、どれだけの犠牲が出ても構わない。
 たとえ、それが同属であろうとも………私はその屍を踏み越えていく。
 この思いとともに………。
 子供は静かに目蓋を閉じた。

「そうだな。そうだった」

 お前の望みは、願いは、彼女の幸せだ。

『キング、私を挑発してどうしたい?』

 子供の問いにキングは薄く笑って。

「なに、どうもしやしないさ」

 ただ。

「その整った顔を崩したかっただけだ」
 沈着冷静すぎてつまらん、と不満を漏らすキングに、子供は呆れた様にコポリと空気を吐き出した。
「それと」
『?』
「覚悟は変わらないか、と思ってな」

 神妙めいたキングの言葉にロイは喉元で笑い。

『変わらない。絶対に』
「天上界が滅びても構わないのか」
『ああ、構わない。私とアレの前に立ちふさがるならば、全てを無に返す』

 決意を秘めた漆黒の瞳を見つめて、キングは薄っすらと笑った。

「それでは、お前の目覚めとともに、私達は長年の恨みを晴らせ、願いが叶うわけだな」
『そうだ』

 神を。
 天上人を。
 殺すことに、異論はない。
 古い角質である天上界ごと、この世から消え去ればいいのだ。

『私とアレを陥れたことを後悔するがいい』

 不適な笑みを見せる子供に、キングは楽しそうに笑う。

「ああ、素晴らしい顔だ」
『キング』
「キミの冷徹なまでの怒りは、とても心地いい」

 ククク、と笑うキングは漆黒の瞳に凶器の色を見せた。

「我らの悲願達成するならば、いくらでも力をかそう」

 コン、とガラスを軽く叩く。

「身体と魂の定着が終え、その身体を使いこなせれば、お前自身の命よりも愛してやまない彼女に会えることができる」
『キング』
「ラストが言っていたぞ。身体が拒否反応を起こしていると」

 ゴポゴポ、と丸い水球がいくつも上がった。

「光は闇に染まらぬと言うからな。やはり無理」
『私に不可能はない』

 キングの言葉を遮った子供に、男は口の端を上げた。

「ならばその身体で証明してみせよ」
『言われなくても』
「楽しみにしている」

 また来る、と言い置きキングは部屋を後にした。
 再び、室内は暗闇に覆われて子供はゆっくりと顔を仰向けた。

『エディ………』

 愛しい者の名を紡ぎ、子供は両手を握り締めた。
 眠りにつけば、楽しくも幸せで悲しくも辛い過去が夢で繰り返される。

 それでも、会いたい。

 夢でもいいから………。

 エディ………。

 キミに………。





   〜続きはオフにて〜