表紙:水波くらげ様










□ 鬼 桜 □











     一

 ポタリ、ポタリと。
 一歩、また一歩と地を踏みしめるたびに、銃弾を受けた腹から血が滴り落ちる。
 青い軍服と腹の傷口に添えている手は、白い軍手ごと真っ赤に染まっていった。
 っつ………ここまで……か。
 霞む視界。
 乱れる吐息。
 そして。

「くっ」

 踏み出した足に力が入らず、青年はその場で仰向けに倒れた。
 そのはずみで、地に落ちていた桜の花びらが舞い上がり、青年の上に舞い落ちた。
 苦痛に顔を歪め、咳きこむと同時に込み上げてきた血を口から吐き出した。

「っ……まずっ………」

 数回咳を繰り返し、青年は重い目蓋を上げればそこは、 雪のように舞う桜の花びらと丸い月が浮かぶ夜空が視界に入った。
 綺麗だ………。
 先ほどまでの戦場が嘘のようだ。
 兵士たちは人ならぬ雄叫びを上げて。
 銃を片手に紅く染まった地を駆け抜けて。
 そして。
 私は一瞬にして全てを燃やし尽くす焔を生み出す。
 何度も。
 何度も………。
 目蓋を閉じ、風と木々の音に耳を澄ます。
 疲れた………。
 このまま死ぬのも悪くない。
 傷口から手が滑り落ち、青年が意識を手放そうとした。
 その時。

「人間?」

 高い声が頭上から降り注がれた。
 驚きとともに重い目蓋を上げるが、視界は水中にいるかのようにぼやけていて輪郭しかわからない。
 人?
 敵………ではないな。
 殺気がない。

「さっきから桜が騒ぐから何事かと思えば。おーい、聞こえているか?」

 青年の顔を覗きこみ、頬を軽く叩くが反応がないことに眉間の皺を寄せ、胸に手を当てる。
 弱々しくも動いている心音に声の主は安堵の吐息を吐いた。

「………っだ……」
「ん?」
「だ………れ……」

 言葉とともにゴボリと血を吐く青年の顔を横に向かせ、声の主は指を口に突っ込み血をかき出した。

「これで少しは楽だろう」
「はっはぁ、あぁ」
「アンタどうやってここに入ってきた?」
「え?」
「ここに人間が踏み込むことは出来ないんだぞ」

 人間が?
 だったらお前は誰だ?
 人ではないのか?
 青年の疑問など露知らず、声の主は溜息を吐いて。

「しかし、凄い出血だな。何をしてきたんだ?」

 腹の傷に視線を向けながら問うているのだろう。
 青年はクスリと笑って。

「人……殺…し………」
「ふーん。楽しかった?」
「……………いや」
「やっぱり。アンタ等って馬鹿だよな」

 何年、何百年過ぎようとも………惨劇が薄れればまた同じ過ちを犯す。

「……………」
「ま、オレには関係ないけど」

 そんなことよりも。

「アンタ、このままじゃ出血多量で死ぬよ」
「あぁ」

 覚悟は出来ている。

「思い残すことはないのか?」

 思い残すこと………。
 その言葉に青年の脳裏に今までついてきてくれた親友と部下の顔が横切った。

「その顔はありそうだな」

 あるさ。
 ここで死ぬとは思ってはいなかったから………。

「このまま死んでいいのか?」

 静かに問うその言葉に青年は頭を弱々しく左右に振った。
 死ね……ない………。
 まだ。
 まだ、私は私の全てを投げ打っていない。
 いないんだ!
 青年の思いを読み取ったかのように、声の主は再度問うた。

「死んでいいのか?」
「いっ………いきたっ……生きたいっ………」

 息苦しく息を吐き出しながら青年は生きたいと訴えた。
 その言葉に声の主は笑みを漏らして。

「人間って本当に欲深い生き物だな。いいぜ。生かせてやるよ」
「!」
「先に言っておくけど、アンタの為じゃない。桜に免じてだ」

 桜?

「桜が生きて欲しいってさ。アンタがカッコイイから」
「そ……れは………こう…え…いっ……」

 咳き込みながら血を吐く青年の口元を手で拭い、顔を近づけて口唇を塞いだ。

「!」

 口から温かい何かが体内へ流れ込む。
 ゆっくり。
 ゆっくりと浸透していくそれは出血を止め、傷を塞ぎ、身体が治癒されていった。
 口唇が離れるとともに青年が目蓋を上げれば、そこには目を奪われるほどに美しい少女が自分を覗き込んでいた。
 月の光に照らされた金の長髪。
 前髪の分け目に角が一本。
 子供特有の丸みのある顔。
 曇りの無い金の瞳。
 真珠のような白い肌に白の着物。

 トクン。

 胸が高鳴った。

「オレがわかるか?」

 少女を呆然と見詰めながら青年は頷くことで答えた。

「傷はー……塞がったな」

 腹の傷に手を添えて確認するや否や少女は安堵の吐息を漏らして。

「起き上がれるまでには少し時間がかかると思う」
「どれくらい………」
「ん〜〜〜一日ぐらいかな」
「そうか………」
「それまで寝ていろ」

 漆黒の前髪を指で梳き、優しく頭を撫でた。

「起き上がれるまで傍にいてやるから」
「…………」
「あ、嫌ならオレは」

 離れようとする少女の腕を青年は慌てて掴み。

「いや、ここにいてくれ」

 真摯に見詰めてくる漆黒の瞳を垣間見て少女は一瞬、驚きつつも微笑んだ。

「………わかった」

 いてやる、と少女は再度漆黒の髪に指を絡め、優しく頭を撫でた。
 青年は目蓋を閉じ、少女の温もりを感じながら睡魔に身を委ねた。
 眠ったか。
 青年の寝息を耳にした後、少女は手を合わせ片手を土に添えれば、一瞬にして円状の穴がでたと同時にそこから水が湧いた。
 懐から布を取り出し、水に浸す。
 冷たい。
 もう一度、両手を合わせて水の表面に片手を添えると湯気が上り、温度を確認してから布を湯に浸し、軽く絞って青年の顔の汚れを拭っていった。

『あら、助けたちゃったの?』

 フワリと。
 少女の前に半透明の姿をした柔らかい布地を纏った白髪の女が、クスクスと笑いながら降り立った。





   〜続きはオフにて〜