□ 私の猫 5 □










 司令部で三歳児の猫の人型合成獣を拾って一ヶ月が経った。
 今年は寒波の所為か。
 猫ことエドは寒さに弱いらしく、ロイの傍を離れようとしなかった。

「エド」
「にゃー」
「にゃーじゃなくて、そろそろ会議の時間だ。降りてはくれないか?」

 執務室でデスクの前に座って書類を決裁していたロイが膝の上で寝ているエドに声を掛ければ、いやだ、といわんばかりに更に身体を丸めてグレーの尻尾をロイの足に巻きつける。

「エードー」
「にゃー」
「だから、にゃーではなくて」

 溜息を吐き、ロイはデスクチェアーを後ろに引いてエドの頭を撫でた。
 それが気持ちいいのか。
 ゴロゴロと喉を鳴らし、ロイの膝に頬を摺り寄せた。
 その仕草が可愛くてロイは強く言えない自分に苦笑を漏らす。

 参ったな。

 壁にかかった時計に視線を向ければ、後数分で副官が来る。
 そうなれば、エドも渋々だが膝から降りるだろう。
 ならば、それまでは。

 手触りのいい猫耳を撫でながら、くるりとデスクチェアーを回転させ窓に身体を向けた。
 外は吹雪き。
 窓ガラスには雪が積もってきている。

「明日は雪かきだな」

 列車は運休。
 まだまだ、止みそうも無い雪にロイは溜息を吐いた。

「寒いのは苦手なんだがね」

 それに。
 雪が降れば、音が消える。
 それもまた。

「苦手だ」
「なにが?」

 うにゅ、と右手の甲で目を擦りながら身体を起き上がらせるエド。

「おはよう。よく眠れたかい?」
「ん」

 大きな欠伸をして、うん、と背伸びをする。
 尻尾は相変わらずロイの足に巻きついたままだ。

「何か飲むかい?」
「ん」
「ココア?紅茶?」
「ここあ」
「わかった」

 エドを抱き上げ膝から降ろそうとすれば、嫌だ、といわんばかりにロイにしがみついた。

「エド?」
「離れるのは嫌だ」
「だが、一旦離れないとココアが入れることができないよ」
「だったら」

 よじよじとロイの肩に乗り、両手を漆黒の髪に絡ませて。

「これで両手があくだろ」
「やれやれ」

 エドを肩車してロイは執務室を出て給湯室に足を向けた。
 司令室の前を通ると。

「大佐、そろそろ会議が」
「ああ、わかっている。あと五分だけ待ってくれ」
「了解しました」
「ロイ、ここあ」
「はいはい」

 ホークアイがファイルを片手に出てきて、会議を知らせるとロイは相槌を打ちながら、給湯室に入った。
 ヤカンはストーブの上に置かれ、常に沸いていた。
 それを片手にエド専用のマグカップに湯を入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
 小さな鍋を取り出し、それに牛乳を入れて温める。
 程なくして牛乳が温まり、マグカップの湯を捨て牛乳にココア、砂糖を多めに入れて、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。

「ロイ、ロイ」
「はいはい」

 嬉しそうな声が頭上からかかり、ロイはもう少し待ちなさいと言ってマグカップを片手に給湯室を出た。
 執務室に戻り、部屋の中央に置かれているテーブルにマグカップを置いてからエドワードをソファに降ろした。

「エド、私は今から会議だからコレを飲んで待っていなさい」
「すぐにかえってくる?」
「ああ、なるべく早く戻ってくるよ」

 クシャリ、と金の髪を撫でてロイは会議に執拗な書類を持ってドアを開けた。
 そこには副官が立っており、右手が上げられていた。
 どうやらノックをする所だったようだ。

「待たせてすまない」
「いえ、時間通りです。エドちゃん」
「ん?」
「これをココアと一緒に食べて」

 そう言ってホークアイが差し出してきたのは、マフィン。

「いいの?」
「ええ、ここのお店のマフィンはとても美味しいのよ」
「ありがと」
「どういたしまして」

 ニパ、と満面の笑顔で礼を言うエドにホークアイも愛好を崩し微笑んだ。
 ホークアイの笑顔はとても貴重で、司令室にいる野郎共が目にしたらその場で卒倒すること間違いない。
 例に漏れず、ロイもその一人だ。
 ホークアイとは長い付き合いだが、笑顔は見たことがなかった。
 いつも無口無表情で、男にも負けず劣らない体力で鋼のような心の持ち主。
 そう、思っていた。

 だが。

 エドと接する際に見せるようになった笑顔にロイは度肝を抜いた。
 それと同時にホークアイも女性なのだとしみじみと実感したものだ。

「それじゃエドちゃん、また後でね」

 ロイとホークアイは執務室を後にして、会議室に足を向けた。
 暫く、無言で廊下を歩いていたロイが口を開いた。

「エドのことだが」
「はい。秘密裏に調べましたが、そういう研究をしている所はありませんでした」
「そうか」
「彼女からは何も?」
「ああ、どうも記憶が抜けているようでね」
「そうですか」
「家族がいるなら早く合わせてあげたい」
「家族ならもう居るではありませんか」
「?」

 ロイが不思議そうにホークアイを振り返った。
 ホークアイはクスリ、と笑って。

「大佐です」
「え?」
「一緒に暮らして生活をすればそれはもう家族も同然です」
「!」
「違いますか」
「い、いや」

 ロイは目を優しく細めて。

「そうの通りだな」

 そうだ。
 彼女はもう私の家族だ。

 そこでふと思い出す。

 そういえば、今日は吹雪きだったにも関わらず憂鬱にならずにすんだ。

 答えは簡単。

 温もりが傍に居たからだ。

 一人ではなかったから………。

「やばいな」
「?………大佐」

 エドの家族が見つかっても手放すことは出来ないかもしれない。

「参ったな」
「??」

 独り言を呟くロイにホークアイは怪訝そうに首を傾げた。
 そんな彼女にロイは苦笑いを向けて、会議室のドアを開けた。



 新たな悩みを抱えて……………。





   − 続 −



   06/07/22UP