| 将軍のチェスに付き合って二時間。 ロイはやっとのことで解放され執務室へと足を向けた。 やれやれ、将軍には情報提供としてチェスを交えてはいるが・・・・こうも負け続けると己自身が情けなくなる。 「私もまだまだ・・・・か」 クスリと笑みを漏らし司令室のドアノブに手をかけ中に入るや否やどこと無くいつもと雰囲気が違っていた。 なんだ? この異様な空気は・・・・。 首を傾げるロイの下へホークアイが歩み寄り。 「お疲れ様でした」 「ああ、それよりも」 「気になさらないでください。それよりもエドワード君が来ておりますが」 「では私の執務室へ通してくれ」 「その前にお話が」 「話?」 「はい」 どことなくいつもと雰囲気が違うホークアイにロイは怪訝な顔で見つめて。 「わかった」 ホークアイから室内へ視線を向けるとソファに腰を降ろしているエドワードとアルフォンスへ目を留めた。 歩み寄るとアルフォンスが立ち上がり。 「お久しぶりです。大佐」 「今回の旅はいつも以上に長かったな」 「すみません」 「なに、いつものことだ。謝る必要はないよ。鋼の、もう少し待っててもらえるかな」 アルフォンスへ爽やかな笑みを見せて視線をエドワードへ向ける。 エドワードは頷くだけでロイと視線を合わせようとしない。 怪訝に思いもう一度エドワードへ声をかけようとした。 その時。 「大佐」 ホークアイがそれを止めるかのように声をかけてきた。 どうやら中尉の様子がおかしいのはエドの所為らしい。 検討がついたロイはエドワードに背を向けて執務室へホークアイとともに入っていった。 「で、一体どうしたというのかね」 デスクに腰を預けてホークアイへ視線を向けると謝罪をしてから事のなりを説明し始めた。 全てを聞き終えてロイは盛大な溜息を吐き。 「フュリー曹長・・・・」 「申し訳ありません」 「いや、過ぎたことを言っても始まらない。鋼のを呼んでくれ」 「はい」 「それと中尉、鋼のから報告を受取った後、私は帰宅しても構わないかね?」 「今日から一週間分の書類は全て済ませて頂いておりますので結構です」 敬礼しホークアイが執務室から退出する。 腰を上げて窓辺へ歩み寄り空へ視線を向けると先ほどまで清清しかった青空は重々しい雲で覆い隠されていた。 雪が・・・・降るか・・・・。 それから正門へ視線を向けるといまだに減らない女性たちが目に入った。 まだいるのか。 受取らないと言っているのだが・・・・な。 冷ややかな眼差しで女性等を一瞥し街へ視線を移した。 華やかな彼女たちもエドと想いが通じ合ってからはどうでもいい存在になった。 否。 正確にはエドへ想いを抱くようになってからだ。 デートをしても楽しくもなんとも無い上に香水や化粧の匂いを嗅ぐだけで嘔吐を覚えた。 それを機にデートの誘いも断り仕事に没頭し、エドがイーストシティへ帰ってくることを楽しみに待つ自分がいた。 そういえば。 一時そんな私を心配してわざわざセントラルからヒューズが来てくれたな。 「変な物でも食ったのか?」 「変な物?いや」 「じゃな〜んで女好きのお前がデートの誘いを断っているんだ?」 「楽しくないから」 「へ?」 「楽しくないのさ、あの子以外は・・・・」 「あの子?」 「金の髪と瞳を持つ猫だよ」 「猫?」 「ああ、猫だ」 楽しそうに言葉を紡ぐ私を訝しげに見つめるヒューズは一興だった。 それから間もなくしてエドと両思いになった翌日に電話をすると呆れた声とともに「よかったな」と一言。 ああ、ヒューズは気づいていたのかとその時知った。 軽蔑をしてもおかしくないというのにあの夫婦は優しく見守ってくれたのだ。 「心の広い奴等だ。ヒューズもグレイシアも」 思いに耽っているとノックと同時に金の猫ことエドワードが入ってきた。 ドアを閉めた後もその場に立ち尽くし顔は俯けたままで・・・・。 クスリと笑みを漏らして踵を返し真っ直ぐにエドワードを見据えた。 「鋼の」 呼べば体がビクリと反応を示すが顔はいまだ俯いたまま。 「エドワード」 名を呼ぶとピクリと体を震わせた。 「久しぶりに来てくれたのいうのに顔を見せてはくれないのかな?」 「・・・・」 「エドワード・・エド・・・・エディ」 優しくそして甘く呼ぶと恐る恐るといった感じでエドワードは顔を上げた。 今にも泣き出しそうな顔でロイを見つめるエドワードに両腕を広げて。 「おいで」 声に負けないぐらいの優しい微笑みを向けて小さな恋人を呼ぶ。 それを見た瞬間、エドワードは下唇を噛み締めいちにも無く駆け出しロイに抱きついた。 「ロ・・・ィ・・・・」 「エディ、会いたかったよ」 小刻みに震える小さな背中をポンポンと落ち着けるように宥めて。 「何がそんなに不安なのかね、エディ」 「・・・・」 「四ヶ月も音沙汰なしで心配したよ」 「・・・・」 「もう、私のことなど忘れたのかと思って」 「そんなこと!」 ロイの言葉に慌ててエドワードが顔を上げて否定する。 「そんなことない!むしろ反対にロイが」 「私が?」 エドワードは顔を再度俯けて。 「・・・・傍にいないオレなんか見限って新たな恋人を作って宜しくやっているんじゃないかって・・・・」 「それで連絡をくれなかったのかい?」 ロイは方足を曲げエドワードの頬を撫でると小さな手が覆い重なり擦り寄せ、潤みを見せる金の瞳が漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめた。 「一度・・・・電話をしようとしたんだ。でも・・・・恥ずかしくて・・・・出来なくて・・・・また・・今度っ・・って思ってたらズルズルと・・延びちゃって・・・・連絡さえしないオレなんかよりも・・・・もしかしたらって・・・・・・考えたら・・出来なくなって・・・・その上、さっき将軍の孫娘と・・・・」 「エディ」 「オレ、ロイのことになると途端に弱くなる・・・・自分でも嫌になるほど・・・・よわ・・く・・・・こんなのオレじゃ・・・・」 「弱くないよ」 頭を振って否定するエドワードにロイは「弱くない」と再度囁き。 「恋をしたら不安はつきものなんだよ。実際、私もキミのことに関してはとても不安だからね」 「え」 驚きとともに目を見開いたエドワードに苦笑して。 「そんなに驚くことないだろう」 「お、驚くことだろ!」 「何故?」 「何故って・・・・ロイは大人だし」 「そうだね」 「恋愛もいっぱいしてるし」 「真似事だがね」 「?」 訳がわからないといわんばかりに首を捻るエドワードに額へ口付けてコツンと合わせる。 「私は本気になったことなどない」 「え?」 「エディだけだよ。こんな気持ちになったのは」 「オレだけ?」 「そう、エディに教えてもらったんだよ。恋というものをそしてその不安もね」 信じられないといわんばかりに大きな目は更に見開き、マジマジとロイを見つめた。 そんなエドワードに笑いを誘われながら。 「私もエディに初恋だったんだよ」 「・・・・う・・・・う・・そ・・・・」 「嘘をついてどうする」 「だって」 「だって?」 そんなことあるはずがない! ロイは大人で女性とも付き合いがあるのに。 それなのに・・・・オレが初恋だなんて・・・・そんな・・嬉しいこと・・・・。 「エディ」 「っつ・・・・」 「どう」 ロイの言葉を遮る様に両腕を首へ回し、か細い声で耳元へ囁いた。 「嬉しい・・・・」 先ほどまでのグチャグチャでモヤモヤした気持ちはロイの一言で吹き飛んだ。 心に降り続いた雨が止み徐々に晴れ渡っていく。 「なんだかな〜」 「エディ?」 クスリと耳元で笑みを漏らしたエドワードに優しく問うと。 「ロイのことで悩んで、不安になって、訳がわからなくなって、どうしようもなくなるとさ・・・・」 「なると?」 「それらをロイが全て包みこんで拭い去ってくれる」 「駄目かい?」 「駄目じゃないけど・・・・」 「けど?」 「・・・・自分が情けない」 「そうかい?」 「そうだよ・・・・オレが勝手に悩んでいることなのに・・・・」 きっと今のエドは顔を剥れさせているのだろうと予想がついた。 自分自身の悩みなのに己れで解決できないことが悔しいのはわかるが・・・・こればかりは無理なのだと言ったところで納得はしてくれないだろうな。 胸中で微笑して でも。 「それだと私も情けない奴なんだろうね」 それはキミだけではないのだよ。 「え?」 顔を上げたエドワードは不思議そうにロイを見つめ首を傾げる。 「エディのことで不安になった私の心はキミが拭い去ってくれているからね」 「!」 「恋愛とはそういうものだ。お互いの不安や悩みは二人で解決して愛を深めていくものだよ」 満面の微笑みで言うとエドワードの顔は瞬時に真っ赤に染まり。 「っっロ、ロイ・・・・言ってて恥ずかしくない」 「恥ずかしい?何故」 「何故って・・・・」 「恥ずかしいことなど何もない」 「オ、オレは聞いてて恥ずかしい!」 「そうかい?では、恥ずかしくなくなるまで言ってあげよう。もちろん、寝室でね」 聞いた途端、エドワードは更に顔を真っ赤に染めて。 「いらーーーーん!!」 「ははは、どうやら元に戻ったようだね」 クシャと髪を撫で立ち上がり。 「さて、報告を聞こうか。鋼の」 瞬きをした漆黒の瞳には先ほどの優しさも甘さもなりを潜め、皆が知る沈着冷静な『大佐』へと戻った。 その言葉と同時にエドワードも顔つきをかえて二つ名の『鋼』に戻る。 「イエッサー」 敬礼し抱きついた際に落とした書類を拾い上げ、デスクの前に座った大佐の前へ差し出した。 「今回は北の奥地へ行って参りました」 ロイが報告書を手にしたと同時に執務室の空気は一変し引き締まった空気が張り巡った。 公私混合はしない。 それは二人の暗黙の了解となっていた。 その頃。 執務室の外ではハボック、ブレダ、フュリー、ファルマンがドアに耳をあて中の様子を伺っていた。 「どうやら、一件落着したようだぜ」 「よ、良かった〜〜」 ブレダの言葉にフュリーに安堵の笑みが漏れる。 「本当に一時はどうなる事かと思った」 「まったくです」 ハボックとファルマンが盛大な溜息を漏らし司令室へと足を向ける。 それにブレダとフュリーが続く。 「あら、もういいの?」 戻ってきた面々をホークアイが書類から顔を上げ確認する。 「ええ、どうやら解決したみたいなので」 「そう、良かったわね。フュリー曹長」 「はい!」 「では、仕事に戻りなさい」 「「「「イエッサー」」」」 険悪な空気から一変し、いつもの和やかな空気とともに司令室の面々は滞っていた仕事を再開した。 − 続 − 04/02/17UP |