□ 右手に銃を 左手に華を 3 □










 平和で豊かな国。
 ナルニア。

 しかし。 

 一発の銃弾で。
 一つの命が消えたことによって。

 国は一変した。





『ロ〜イ』

 部屋で本を読んでいたロイの下へ父であるロマンが顔を覗かせた。

『なに?父さん』
『ちょっといいかな?』
『ああ』

 本を閉じるロイにロマンは有難うと言って部屋に入ってベットに腰をかけた。

『ロイは今年で十四歳だったね』
『そうだけど』
『将来は何になりたい?』
『どうしたんだ?急に』
『ん。まぁ何となく………かな』

 笑って誤魔化すロマンにロイは首を傾げながらも。

『父さんのような軍人になる』
『私のように?』
『ああ』
『そうか』
『なに?オレが軍に入るのは反対なの?』
『いや、それがロイの生きる道なら反対はしないよ』

 クシャリとロイの漆黒の髪を撫でる。

『けれどロイ、今の軍は民に憎まれているよ』
『知ってる』
『それでも?』
『父さんが大総統になってまた国を平和にしてくれればいい』
『ロイ』
『オレはその手助けをする』

 言い切るロイにロマンは思わず息子を抱きしめた。

『と、父さん?!』
『もうもう、お前はいい子に育ったな〜〜〜』

 グリグリグリとロイの頭を撫で回すロマン。

『い、痛いって!』

 やめろと喚くロイを可愛いと思いの限り抱きしめて。

『でもね』
『?』
『その必要はないよ』
『父さん?』
『ロイはロイの道を歩きなさい』

 ロイを離し、髪をクシャリと撫で回し。

『国に変革を起こしたいのなら』

 己の力でしなさい。

 ロマンはロイの漆黒の瞳を真っ直ぐに見詰めて言った。





 ゆっくりと。
 意識が浮上し、ロイは目蓋を上げた。
 天井から周囲を見渡して。

 夢、か。

 溜息を吐き、ロイは上体を起こした。

 父さん………。

 ベットから下り、ロイは窓際に歩み寄ってカーテンを開けた。
 朝の日差しが部屋に差し込み、目を細めた。

「久々に見たな」

 あの夢………。

 十四年前。
 父・ロマンは母・クリスティと私を捨てた。
 いや、母が父を理解していなかったのだ。
 だから。
 父は母と私を残して消えた。

 平民の父と貴族の母。

 父はいつでも他人のことを国民のことを考えていた。
 しかし。
 母は生まれながらの貴族。
 自分のこと以外どうでもいい人だった。

 窓から離れ、ロイは洗面所に足を向けた。

 ある日、父がいなくなり母は私を抱きしめて。

『私達を捨ててまで救わなくてはいけない人なんていないわ』

 涙を流しながら母は訴えるように憎むようにそう言い放った。
 そんな母を私は見つめながら。

 それは違う。
 違うよ。
 母さん。
 外を見てみなよ。
 こうしている今でも人が死んでいるんだよ。
 殺されているんだよ。
 何の罪もなく………。
 父さんはその人たちを救う為にこの家を出て行ったんだ。

 言ったところで母はわかってはくれないだろう。
 ロイはただ無言で母を宥めた。

 顔を洗って身だしなみを整え、クローゼットを開けてスーツの一式を取り出し着替えを終えロイは寝室を後にした。

「おはようございます」
「おはよう」

 一階に下りればメイドが頭を下げてダイニングに促した。
 ロイがダイニングに足を踏み込み。

「お義父さん、お義母さん、おはようございます」
「おはよう。ロイさん」
「おはよう」

 木製の楕円形のテーブルに金の髪と瞳を持つ義父、ホーエンハイム・エルリックが新聞を片手にコーヒーを啜り、その隣には茶の髪と瞳を持つ義母、トリシャ・エルリックが朝食を取りながら挨拶を交わした。

「今日は早いですね」
「ええ、今日は二人でお出かけをするのよ」

 ほんのりと頬を染めて嬉しそうに話すトリシャにロイはニッコリと笑って。

「そうですか。今日は天気がいいですし、楽しんできてください」

 ロイがそういえばトリシャは嬉しそうに頷き、ホーエンハイムは恥ずかしいのか新聞で顔を隠しながらも小さく頷いた。

 いつまで経っても新婚夫婦だな。

 初々しい両親を傍目にロイはパンを手にした。

 父と母とは大違いだ。
 ロイは目を眇め、パンを頬張った。

 ロマンと離婚をしたクリスティはロイを連れて実家に帰った。
 だが。

『え、借金?!』

 邸などを全て差し押さえられていた両親にクリスティは目の前が真っ暗になった。

『まさかお前がロマンと離婚するとは思っていなかった』
『私達だけだったらなんとかやっていけるだけの生活費はあるけれど………』

 クリスティとロイを見詰めて、祖父母は小さな溜息を漏らした。
 その目は邪魔だと訴えていた。
 娘と孫が邪魔だと………。
 そんな祖父母にロイは吐き気を覚えた。

 自分のことしか考えない人たち。
 けれど。
 それが人間の本性なのかもしれない。
 
 そんな途方にくれた私達の下に。

『今日は。ウエストさん』

 茶の帽子にスーツ。
 黒のステッキを片手にホーエンハイムは笑顔で訪れた。

『こ、これはエルリック様』

 祖父母が顔色を変え、彼を出迎えた。
 ホーエンハイムは祖父母に軽く挨拶をしてその後ろにいたロイとクリスティに視線を向けた。

『おや、そちらはクリスティ嬢では?』
『え、ええ、今日帰ってきましてね』
『そうですか。ではあの噂は本当だったのですね』
『噂、と申しますと?』
『マスタング大将が辞任したと耳にしましてね』

 マスタング邸に行ったら誰も居なくて、とホーエンハイムは帽子を取りながら付け足した。

『そうでしたか。ご足労をお掛けして申し訳ありません。ですが、ロマンでしたらここには』
『ええ、それは承知しております』
『では』
『ウエストさん、少しお時間をいただけますか?』
『え、ええ』

 二人はリビングに入って三十分後。
 祖父が笑顔でロイに駆け寄り。

『ロイ、お前は私達の天使だよ』

 そう言ってギュと抱きしめる祖父にロイはその背後にいるホーエンハイムに視線を向けた。

『いいかい。ロイ、お前は今日からエルリック家の養子になるんだよ』
『養子に?』
『ああ、そうだよ』

 祖父が満面の笑顔で頷く。
 ロイはその瞳を見た途端、ブルリと身体を震わせた。

 怖い。

 思わず祖父を押しのけロイはホーエンハイムの背後に回った。
 彼はロイの髪を優しく撫でて。

『大丈夫だよ』

 優しい声でそっと囁いてくれた。
 その声は父・ロマンと同じ声音だった。
 温かく優しい声。
 ロイは心から安堵し、ギュとホーエンハイムの服を掴んだ。

 そうして。

 私は借金のかたにエルリック家に養子として迎えられた。

 翌日。

『どうしてオレを養子に?』

 わざわざ大金を積んでまで。

 気になっていたことをホーエンハイムに問えば。

『あそこにいたらキミが駄目になると思ったから』
『オレが?』
『そうだよ。それにロマンには借りがあるからね』
『父さんに?』
『そうそう、でも一番は』

 ホーエンハイムが視線を向けた先には。

『キャーーーーこれも似合いそう!!』

 トリシャが鼻歌まじりに次から次へとロイの服を選んでいた。
 場所はショッピング街。
 二人はトリシャに引きずられるように付き合っている最中である。

『ロイの写真を見た途端、養子に!と叫んだからね』

 トリシャには弱いんだよ〜と笑顔で言われ納得したロイだった。
 けれど。
 ロイは二人に心から感謝した。
 ホーエンハイムの言うとおり、あの家にいてもいつかは………放り出されていただろう。
 あの家に温もりはないから………。
 でも。
 ここにはある。
 父と同じ温もりが………。
 
「と、いうことで留守番お願いね」

 トリシャの言葉で現実に戻った。

「え?」
「あら、聞いてなかったの?私達、今日から旅に出るから後は宜しく」
「はい?」
「ロイさん?耳が遠くなったの?」
「い、いえ、そんなことは」

 無いのですが、と呟きホーエンハイムに視線を向ければ。

「私がいたら邪魔だろう」
「!」
「春には帰ってくる」
「春、ですか」
「フフ、それまでに掃除をお願いね」

 満面の笑顔で言い切るトリシャにロイは眩暈を覚えながらも返事を返した。





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   05/05/18UP