□ 見守る影 5 □










 オレが嫌々ながらもドレスを着てパーティに出席してから四ヶ月が経った。
 ロイにお見合いの話がこなくなり、パーティの招待状も数が少なくなってロイを筆頭に直属の部下達とオレは心から安堵していた。

 その矢先。

 ロイが中将に昇進した。
 それはいい。
 うん。
 めでたいことだ。

 しかし、だ!

 余りにも異例の出世に再び見合いに火がついた。
 写真とパーティの招待状が山のように舞い込んでくる日々だそうな。

 ご愁傷様ってそういう問題じゃない!

 オレの苦労は水の泡って言うことか!!


 ざけんじゃねー!!!


 てなわけで。

 オレの女装はいまだに続いている。

 わけがない!

 当然「もう嫌だ」と断った。
 するとロイはニッコリと笑って「私の傍にいるなら女装はしなくてもいい」ときたもんだ。
 何故ロイの傍に居なくてはいけないのか理由は教えてくれなかった。
 ただ哀感の笑みを一瞬見せただけで………。

 そんな顔されたら嫌だといえないじゃないか。

 胸中で罵倒しながらもエドワードは迷うことなく頷いた。
 ロイは一瞬、驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
 その笑みにエドワードは胸を高鳴らせた。

 クソ。
 またかよ。

 胸に手をあてながらエドワードは己自身に叱咤した。

 いつ頃からか。
 ロイのふとしたことに胸の鼓動が逸るようになった。
 
 仕草。
 表情。
 行動。

 全てにおいて胸が痛くなったり温かくなったりと忙しいことこの上ない。
 新種の病気かと思ったが、ロイ以外の人にはなんともなかったのでそれは否定した。
 首を傾げながら考えたが思いつかず、いまだに答えが出ていない。

 やっぱり病気かな。

 などと無理やり結論づけている今日この頃。

「………暑い」

 九月中旬。
 休日の昼下がり。

 エドワードは溜まりに溜まった洗濯物を一気に洗っては干している最中だったりする。
 昨日までテストがだったので家のことがろくにできなかったのだ。

「エディ、エディ」

 そして。
 珍しいことにロイまで本日休暇。
 Yシャツとジーパン姿で庭に現れたロイにエドワードは空になった洗濯籠を片手に持って歩み寄った。

「どうした?」
「おなかが空いた」

 片手を腹にあて情けない顔で飯と訴えるロイにエドワードは苦笑した。

 このギャップはどうだろう。
 外では女がとろけるほどの微笑みと言葉を振り撒き、仕事となれば切れ者と思わせる敏腕ぶりを発揮している奴がプライベートではそれらを全て脱ぎ捨て素の自分を見せる。

「はいはい。何が食べたい?」
「そうだね。甘いものがいいな」

 その言葉にキョトンとした顔を見せたエドワードにロイはニッコリと笑った。

「甘いもの?」
「そう。例えばパイとか」

 二人がダイニングに入ると同時にエドワードの視界に入ってきたのは籠一杯のリンゴ。

「どうしたんだよ。コレ」

 今朝までなかった物にエドワードは首を傾げた。

「先ほど、隣人が届けてくれた」
「隣人ってケイト婆ちゃん?」
「あのご婦人はケイトというのかね」
「ロイ、オレよりも長くここに住んでいながら知らなかったのか」

 呆れたといわんばかりに顔を向ければロイは苦笑し、申し訳ないと呟いた。

「仕方ねーなー。じゃアップルパイを作ってケイト婆ちゃんに届けてやろう」
「その前に私の空腹を満たせておくれ」

 ダイニングチェアーに座り、お腹を鳴らすロイにエドワードは微笑して。

「もちろん、先にその腹の虫をおさめてやるよ」

 洗濯籠を脱衣所に放り込み、エドワードはリンゴが沢山入った籠を両手にキッチンへ足を向けた。

「でも珍しいな。ロイがパイを食べたいなんて」

 甘い物は余り好きではないと言っていたことを思い出しながら呟き冷蔵庫を開ける。

「そうかね」
「うん、そうって」

 冷蔵庫から顔を上げるとキッチンの出入り口にロイが楽しそうに笑って立っていた。

「そんな所に立っていないでリビングで本でも読んでろよ。できたら持っていってやるから」
「何か手伝おうか?」
「結構です」
「即答かね」

 子供のように拗ねるロイにエドワードは苦笑をして。

「三週間ぶりの休日だろう。身体を休ませておけって」
「しかし」
「しかしもくそもない。それに家事全般はオレの仕事だろう」
「そうだが」

 何か言いたげなロイにエドワードは首を傾げる。

「ロイ?」
「エドワード」
「ん?」
「どんなことがあっても私はキミの傍にいるから」
「!………なんだよ。突然」

 ロイの言葉に驚きそして怪訝な顔を見せれば彼は果敢なげに笑っただけで何も言わず背を向けた。

 どういう意味だ?

 眉間に皺を寄せてロイの背を見送るエドワードは赤い林檎に視線を落とした。










 その言葉の真意は一ヵ月後、イーストシティで知ることになる。










「親父が死んだ?」

 受話器を持つ手が震える。
 ロイからかかってきた電話。
 今夜も遅くなるのだろうと思い相槌を打ちながら聞けば「ホーエンハイム氏が先ほど亡くなった」と沈痛な声色で受話器を通し耳元へ囁かれた。

「嘘だ!」
『本当だ。私は今からイーストシティに行く。エディ、キミもセントラル駅に直ぐ来なさい』

 それだけ言い残しロイは電話を切った。
 受話器からは無機質な音が零れ落ちる。
 エドワードはただ呆然とその音を耳にし、電話機を見つめていた。

 嘘だ。
 何故、親父がこんな突然に死ぬんだ!
 病気なんて一度もしたことがないと豪語していた親父だぞ。
 ロイも冗談がキツイ………。

 空笑いをしてエドワードは受話器を置いた。
 ズルズルとその場に座り込みエドワードはロイの言葉を反芻していた。

「ロイも冗談がきついぜ」

 冗談?
 否。
 本当のことだ。
 『死』については敏感で余り口にしないロイが冗談でも親父が死んだことを口にはしない。

「行かなきゃ」

 よろめきながら立ち上がり、エドワードは邸の戸締りをしてから財布を片手に外へ出た。

 確かめなければ。

 ホーエンハイムの笑顔を脳裏に浮かべてエドワードは駆け出した。






 セントラル駅に着くや否やハボックに引きづられるように駅構内へ踏み込んだ。

「ハボック中尉!」
「遅い!何をしていたんだよ」

 駆け足で今にも出発しそうな汽車の前ではロイが軍服姿で立っていた。

「中将、連れてきました!」
「そのまま汽車へ連行」
「Yes.sir」

 エドワードを肩に担ぎハボックはVIPの個室に放り込んだ。

「っつ!」

 頭から座席に放り投げられて顔面をぶつけたエドワードは文句を言おうと素早く起き上がったもののハボックの姿は既になく、代わりに沈痛な顔をしたロイが入ってきた。
 ドアを閉めエドワードとは反対側に腰を降ろす。

「………ロイ」

 エドワードからの小さな呼びかけに答えずロイは目蓋を伏せた。

 ロイ………。

 エドワードもクシャリと顔を歪ませて拒絶するロイを一瞥し座席に腰を降ろした。

 そうして。

 ゆっくりと動き出した汽車は重苦しい二人を乗せてイーストシティへと走り出した。










 イーストシティに到着し、二人はすぐさま病院に向った。
 病院に入るや否や早足ながらも受付の看護婦に一礼するロイを見てエドワードはキュと口唇を引き締めた。

 来なれている。

 ロイは迷うことなく三階の奥の病室へ駆け込んだ。
 陽が差し込む窓際に一台のベットが置かれていた。

「親父!」

 真っ白なベットに横たわっているのは紛れもなくエドワードの父―ホーエンハイム・エルリック。
 真っ白な顔。
 閉じた目蓋。
 目を見開きながらエドワードは一歩、一歩ゆっくりと歩み寄る。
 震える両手で赤みがない真っ白な頬を挟む。

 ひやり。

「っつ」

 エドワードは飛び退くように両手を引いた。
 後退した身体をロイが支えるように後ろから支えてくれた。

「ろ……い………」

 身体を震わせながら振り返ればロイは哀感の面持ちでエドワードを見つめていた。

 ロイッ。

 エドワードはロイに抱きつき声を殺して泣いた。
 金の髪を優しく慰めるように梳き、ロイはベットに横たわっているホーエンハイムに視線を向けた。

 貴方は本当にこれでよかったのですか?
 エドワードに何も告げずに逝って………それで本当によかったのですか?

 ギュとエドワードを抱きしめれば彼は温もりに安堵したのかロイの背中に両腕を回し声を殺さず泣き出した。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 涙がかれるほど泣いて。
 泣きやめば既に日は暮れていた。
 病室に置かれていたソファにロイとともに腰を降ろし、静かに眠っているホーエンハイムに視線を向ける。

「親父、病気だったんだ」

 泣きすぎた所為か。
 声がかれていた。

「ああ」
「いつから」
「五年前からだ」

 ピクリと身体を震わせながらも。

「………そっか」

 そんなに前からなんて………。
 オレ、全然気付かなかった。

「ホーエンハイムはキミに悟られないように隠していたから」
「それでも一つ屋根の下で暮らしていたら普通は異変に気付くだろう」
「エディ」
「オレは気付けなかったっ」
「それほど、エディには気付かれないよう細心の注意を払っていたということだ」
「でも!」

 ロイを見上げて。

「それでも親なんだから気付いて当たり前なんだ!なのにオレはっ」
「エディ」
「それに親父もなんでオレに一言も言わなかったんだ」

 ロイは知っていて何故オレに教えてくれなかったんだ!

「それはキミに心配させたくないから」
「それでも」

 ロイの言葉を遮り、エドワードは再度、涙を流し。

「五年もの間、黙っておくことないだろう!」
「エディ」

 他人であるロイには教えて息子であるオレには何も教えてはくれなかった。

 そして。

 死に目にもっ。

 何故!
 どうして!
 親父!!

 声にならない悲鳴を上げながら泣いた。
 ロイはエドワードの背中を優しく摩る。
 その温もりに誘われてかエドワードはゆっくりと意識を手放していった。
 ロイは泣きはらしたエドワードの眦を指でそっと拭い、寝入った彼を自分の膝に乗せて優しく抱きしめた。

「エディ」

 金の髪に口付け、ロイはホーエンハイムに視線を向けた。

『エドワードには言わないでくれ』

 病気が発覚したと同時にホーエンハイムから言われた言葉が脳裏を横切る。

『何故!』
『心配をさせたくない』
『しかし』
『キミの言いたいことはわかる。だが、僕の病気を知ればあの子は学校を辞めて私の傍を離れないだろう』
『それはそうですが』
『それにね』
『?』
『死に目をあの子にだけは看取って欲しくはないんだよ』
『!………ど、どうして!』

 驚愕を露にした顔で尋ねればホーエンハイムは穏やかに微笑んで。

『妻子の下に行くからだよ』
『え?』
『半人前であるあの子をこの世に残し、僕は愛しい妻子の下にいくからね。きっと死に際は幸せな顔をしていることだろう』
『ホーエンハイム………』
『結局は最後の最後であの子を裏切ることになる。あの子は僕に生きる気力をくれたというのに』

 自嘲気味に笑って。

『酷い父親だ』
『そんなことは』
『ロイ』
『はい』
『あの子を誰よりも幸せにしてやってくれ』
『!』
『両親を殺した罪からあの子を加護するのではなく、エドワード一個人を心から愛して幸せにしてやってほしい』

 ホーエンハイム………。

『結局、私はエドワードを生きる活力に利用しただけだった』

 親としての愛情を注げなかったと寂しそうな顔で呟いた彼。
 けれど。

「そんなことはない。ちゃんと貴方はエドワードに愛情を注ぎ込んでます」

 じゃないとこんなにも貴女の為に泣きませんよ。
 人の心には敏感な子だから………。
 ホーエンハイム、貴方は立派にこの子を育て上げました。
 父親として………。

「有難うございます」

 一筋の涙を頬に伝わせロイはホーエンハイムに囁いた。















 ホーエンハイムの葬儀は故郷のリゼンブールで執り行われた。
 小さな教会の弔い鐘が鳴る。
 村人数人にロイとヒューズ。
 そして息子であるエドワードに見送られてホーエンハイムは土に返っていった。

「親父………」

 墓地から人が引き、エドワードだけが残りホーエンハイムの墓前に立ち尽くしていた。

「誰にも見取られず一人でいっちまったって言うのに幸せそうな顔していたな」

 母さんのことでも考えていたのか?
 周囲から再婚の話を持ちかけられても全てのらりくらりとかわしていた。
 美しい母の写真を見詰めながら「僕が心から愛する女性はただ一人」と呟いて。

「母さんの前では息子のオレも霞んじまう」

 それほどに親父は母さんを深く愛していた。
 赤く染まった空を見上げて。

「親父、母さんに会えたか?」

 母さん、今まで親父を独占しててごめんな。
 親父、これからは母さんと幸せに。

「幸せに」

 オレは………。

「エディ」

 背後からロイが呼びかける。

 ロイ………。

「日が暮れてきた。帰ろう」

 どこに?
 オレはもうどこにも帰るところがないのにっ。

「帰ろう。エディ」

 エドワードの胸中を察しているのか。
 包むように背後からエドワードを抱きしめて「帰ろう」と耳元で囁いた。

「どこに?」
「エディ」
「どこに帰るんだよ。オレはもう帰る場所なんて」
「あるよ」
「!」

 エドワードの言葉を遮り、言い切るロイに目を瞠った。

「あるよ。エディが帰る場所は私のところだ」
「っつ」
「違うかい?」
「え、や、だって」

 ロイは親父の知り合いってだけでオレの帰る場所にはならない。

 けれど。

 その言葉がロイの口から聞けて歓喜している自分がいる。
 いるけど………でも!

「迷惑だろう」
「エディ?」
「オレなんかがいたら好きな奴ができたときに面倒になるだけだ」

 そう。
 ロイに好きな奴ができたらオレは迷惑以外に何者でもない。
 だったら、この機会にオレは一人でやっていく。
 もう誰にも頼らない。

 震える体に叱咤し、言い切るエドワードにロイは両腕に力を込め抱き寄せた。

「そんなことはないよ」
「ある!」
「ないよ」
「あるに決っているだろう!このクソ中将!!」
「クソって……エディ酷いじゃないか」
「わからずやのアンタが悪い!」

 オレの気持ちも知らないで。

「前にも言ったが結婚はするつもりは全くないよ」
「それは親父のように母さんのような存在に出会ってないからだ!」

 何者にも変えがたい唯一の存在に出会ってないからそんなことが言えるんだ。

「出会っていると言ったら?」

 ズキン!

 痛む胸から目を逸らして。

「だったら尚更だ。一緒に行けない」

 下唇を噛み締め、両手を痛いほど握り締める。

「その相手がキミだとしても?」

 耳元で甘く囁くロイの言葉にエドワードは目が零れ落ちそうなほど見開いた。

 なんだって?!

「この数ヶ月でエディに心を奪われた」
「何を馬鹿なことを言って」
「いると思うかい」
「思わないでっ」

 無理やり振り返りった先には目元を緩め見たこともない優しい微笑みを向けるロイ。

 ロイ。

「本当だよ。私はエディ、キミを愛している」
「冗談」
「冗談ではない」
「だってオレは男」
「関係ない」
「ロイってゲイ?」
「まさか。女性が好きな健全の男だよ」
「だったら」
「エドワード・エルリックに心を奪われたんだよ」
「っつ」
「男も女も関係ない。エディの魂に心を奪われた」
 
 真摯な顔で言い切るロイにエドワードはただただ呆然と彼を見詰めた。
 ロイの熱烈な告白にエドワードはどうしていいかわからなかった。
 漆黒の瞳から………否、彼の全てから男を身体で感じた。

 ゾクリ。

 恐怖にも似た震えが襲う。

「私の傍にいてくれないか?」

 エドワードを抱きしめる両腕に力を込める。
 もう、離さないといわんばかりに………。

 眩暈がする。

 ゆっくりと近づく端正な顔を見詰める。

 わからない。
 オレは。
 オレは………。

 目と鼻の先になったロイの顔にエドワードは思わず目蓋を閉じた。
 それと同時に柔らかく温かい口唇が重なる。


 軽く触れるキス。


 角度を変えて。


 味わうように。


 啄ばむ口付けを繰り返すロイにエドワードはその心地よさに酔いしれていった。





 オレはロイのことを……………。





   − 第一部・END −



   04/12/12UP






お待たせしました!第一部終了です。
次は一年間のお題でエドワードの想いを描いていきます。
お付き合い頂ければ幸いです。