| 邸に入って驚いたのは生活の匂いがまったくと言っていい程しなかったことだ。 「静かだな」 「そうかい」 「ああ」 静かで、冷たくて、寂しい・・・・。 エドワードが邸を窺うように見渡す姿に苦笑を漏らしてロイはコートを脱いだ。 「ここ最近忙しくてね。帰ってなかったんだ」 「何日ぐらい?」 「そうだな。三週間は帰ってないな」 「!」 「ああ、でも着替えを取りには何度か帰ってきたよ」 平然と当たり前のように言うロイにエドワードは目を瞠った。 「どうした?そんなに驚くことかね」 「・・・・」 「軍という職務で働いていると不規則になるのは当然だからね。忙しければ家に帰るのも億劫になる」 「じゃここにはどういう時に帰ってくるんだ?」 「そうだね。一人になりたい時とか邪魔されずに眠りたい時とかかな」 なんて忙しない奴だ。 時間に追われるような生活をおくってナニが楽しいのか。 自分の体を壊すような労働をしてナニを求めているのか。 オレにはわからない。 否。 世界が違うと言った方がいいかもしれない。 こういう奴を確か・・・・『可哀想』っていうんだよな。 再度、邸を見渡して。 「アンタは結婚とかしないの?」 突然の質問にロイは目を丸めて。 「なんだね。突然」 「や、何となく・・・・」 家に帰りを待つ人がいればコイツも帰らざる終えないだろうし。 「そうだね。結婚は・・・・しないよ」 「何故?」 「秘密だ」 人差し指を唇にあて片目を閉じる。 「・・・・あっそ」 コイツって顔がいいから何にをやっても様になる。 つーか! そういう仕草は女の前でやれ!! なんだかんだでリビングへ足を踏み入れたオレは部屋を見渡し、胸中で嘆息した。 なんつーか。 さっぱりした部屋というかなんというか。 家具は必要最低限しか置かないのか。 部屋の真ん中にはソファにテーブル。 その前には大きな暖炉。 入って右手には大きな窓があり、左手の壁は棚が置いてある。 リビングでこれだと他の部屋も似たり寄ったりだろうな。 ま、オレには関係ないけど・・・・ゴチャゴチャと飾られているよりはマシだし。 「で、キッチンは何処?」 「ここを出て右だよ」 「勝手に見るぞ」 「ご自由に」 そう言ってロイは上着のボタンを外しながらリビングを通り抜け棚の横にあるドアを開けて出て行った。 あっちはロイの寝室か。 ってことは書斎もあるな。 じゃ近づかないようにしないと。 エドワードは踵を返しキッチンへ足を向けた。 来た廊下を戻り、玄関とリビングの間にキッチンがあった。 入ってエドワードは目を瞠った。 なんつー豪勢なキッチンだ。 しかも綺麗ときている。 シンクは使われているがガスまたはオーブンなどはまったく手をつけていない状態で。 女とかは連れ込んでなかったのか? ・・・・飯が作れない奴ばっかりだったとか? ・・・・ま、いいや。 それよりも食材だ。 この分だと・・・・。 冷蔵庫に手をかけ開けるとそこには。 牛乳とビールにこれってワインかな。 って酒ばかりかよ!! 勢い良く冷蔵庫を閉めて頭を抱えた。 本当にここでは生活をしていないんだな。 一体何の為の家だよ。 しかも冷蔵庫は酒ばっかで。 体を壊すつもりか? 否。 死ぬ気か? 盛大な溜息を吐き顔を仰向ける。 一年間、傍にいろってアイツ言ったな。 ニヤリと不適な笑みを見せて。 上等だ! その一年間でアイツを外食ではなくオレの手料理しか食べられなくしてやる。 リゼンブールでばっちゃんに教わったオレ様の手料理をとくと味あわせてやるぜ! そして。 何が何でも家に帰りたくしてやる。 じゃないと。 「家が・・・・可哀想じゃないか」 ポツリと呟きを漏らし哀愁の顔を見せたがそれは一瞬のこと。 エドワードは怒りを露にし、この邸の主であるロイの下へ駆け出していった。 ロイは寝室のベットへ腰を降ろし、吐息を吐きながら上着を脱ぎ捨て体を横たえ目蓋を閉じた。 本当に大きくなった。 あの小さな子供が・・・・。 最後に会ったのは確か十三年前だったな。 あの子は国家錬金術師等の手によって壊滅させられ住人の生き残り。 存在を報せる泣き声は今でも鮮明に覚えている。 「おい、子供の泣き声が聞こえるぞ」 そう言ったのは士官学校から同期で腐れ縁のヒューズだった。 彼は後方部隊に配属していたが前線の部隊がほぼやられて前線へと配属になった。 前線といっても国家錬金術師のサポートではあるが。 「そうか?私には聞こえないが」 「いや、いる。オレちょっと見てくるわ」 「見てくるってまだ敵がいるかも知れないんだぞ!」 そんな悠長に散歩でもしてくるように言わないでくれ! 「だが、見捨てるわけにはいかんだろう」 「いかんだろうって・・・・お前、オレを巻き添えにする気だな」 互いの軍服は敵、味方関係なく血がしみ込んでいる。 もちろん顔にも。 出来ればこのまま戻り水浴びをしたい所なのだが・・・・錬金術師でないヒューズをこのまま放って帰るほど私は冷酷ではない。 そのことを熟知しているヒューズはある意味たちが悪い。 「ははは、オレは一言もそんなことを言ってないぜ」 「態度で言っているだろうが!」 「無二の親友にその言い草か?」 「貴様は悪友だ!」 「どっちでもいいじゃないか。とりあえず付き合え」 満面の笑みで言い切るヒューズに呆れたロイは盛大な溜息を吐き、胸ポケットから発火布を取り出し両手に嵌めた。 「で、泣き声はどこからするんだ?」 「ちょっと待て」 耳を澄ませて周囲を見渡すヒューズが一軒家を指した。 「あの中だ」 そう言ってヒューズは駆け出していった。 ロイもその後に続き、ヒューズに追いついた所で子供の泣き声が聞こえてきた。 「聞こえた」 「だろう。行くぞ」 二人は気配を殺しながらその家に入っていった。 子供というよりは赤ん坊の泣き声だな。 泣き声に導かれるまま二人は二階へ上がり右の突き当りの部屋へ入った。 そこには男が女を守るように抱き、その女の両腕には小さな命を隠すように抱き横たわっていた。 子供の両親は既に息絶えていた。 男は見るも無残な銃弾の嵐をくらいながらも女と子供を守ったのだろう。 だが、その銃弾は女にも届いていたらしい。 守られたのは二人の子供だけで・・・・。 ヒューズは男女を床へ寝かせ両手を胸へあててやり、子供を抱き上げた。 「そいつをどうするつもりだ」 「連れて帰るしかないだろう」 「しかし」 「こいつ等は犠牲者だ。敵ではない上に味方でもない。否応無く戦争に巻き込まれたんだ」 そう言ってヒューズは哀愁の眼差しで子供を見詰めた。 赤ん坊は真っ白な肌だった。 敵対しているイシュバール人だと肌は褐色。 「この銃弾は我が軍のものか」 「だろうな。アイツ等はオレ等(軍人)を殺しても民は殺さない」 「・・・・・・狂っている」 怒りを露にして吐き捨てるように言ったロイにヒューズも同意する。 「今更だな」 「・・・・そうだな。では行くか」 「ああ」 二人はその家を出てロイは指を鳴らした。 すると家は一瞬の内に炎上した。 「ここで墓を作っても無意味だろう。これで許せ」 「子供はオレ達が責任を持って面倒をみるから」 ロイとヒューズは敬礼をしてその場を後にした。 子供を連れ帰ったことに上司であるハクロ准将は当然の如く激怒した。 「貴様等は戦地から子供を拾ってきてどうするつもりだ!」 「ですが」 「言い訳はいらん。直ぐにそいつを捨てて来い。もしくはマスタング中佐、キミの焔で焼き払え」 「「!」」 その言葉に二人は絶句した。 否。 狂っていると言った方がいいかもしれない。 目の前の上司は笑いながら言いのけたのだから・・・・。 「何をしている。これは命令」 「その命令待て」 ハクロの言葉を遮ったのはいつからいたのかテントの入口に大総統であるキング・ブラッドレイが立っていた。 その場にいた軍人は敬礼をし出迎える。 「ハクロ准将、キミは何を口走ったのかわかっているのか?」 いつも穏やかで笑顔しか見せない大総統が怒りを露にしてハクロを見据えている。 「は、それはもちろんです」 「ではもう一度尋ねる。誰を殺せと言った?」 「こ、子供であります」 ハクロの言葉にキングはチラッとヒューズの両腕に抱いている赤ん坊へ視線を向けてから直ぐにハクロへ戻し。 「見ればまだ赤ん坊。しかも白人ではないか。何故殺さなくてはいかん?」 「それは」 「それは?」 「戦場に子供は邪魔だと」 「ほう、邪魔で貴様は小さな火を消すのか?」 「し、しかし、イシュヴァールの民は全滅と・・・・女子供も関係なく途絶えさせよと」 「それはイシュヴァールの民のみだ。誰がそれ以外の人種を殺せと命じた」 「で」 「もういい。貴様を前線から退く。セントラルへ帰還せよ」 「!」 ハクロは真っ青な顔でキングを見詰める。 キングはそれを無視してロイとヒューズの元へ歩み寄り。 「マスタング中佐」 「はっ」 「キミにハクロ准将の後任を任せる」 「Yes.sir」 「それと子供はヒューズ大尉が責任を持って面倒をみるように」 「Yes.sir」 「ふむ、可愛いではないか。抱かせてもらってもいいかな」 「もちろんです」 赤ん坊を手渡すとキングは満面の微笑みを見せて。 「おお、良く寝ている。この子の両親は?」 「・・・・亡くなっておりました」 「そうか」 渋い顔でヒューズが答えるとキングは赤ん坊へ哀愁の眼差しを向けた。 「セントラルから至急ミルクなどを手配させよう」 「有難うございます」 「なに戦争の巻き添えをくわせてしまったのだ。当たり前のことだ」 ヒューズへ赤ん坊を手渡して。 「マスタング中佐」 「はっ」 「一週間で終わらせろ」 「!」 「キミなら出来るはずだ」 「Yes.sir」 「それでは私は一休みさせて貰う」 そう言ってキングはその場を後にした。 蒼白なハクロを残して・・・・。 そして。 ロイはキングの命令通り一週間で戦争に終止符をうった。 後にその戦場を知るものはロイを恐れた。 その理由は・・・・。 バン! 勢い良くドアが開けられ思考は現実へと戻された。 「ロイ!冷蔵庫の中は酒ばかりじゃないか!!」 呆れ半分、怒り半分といった面持ちで入ってきたエドワードがロイの上に跨り睨みつける。 「そうだったかな」 「そうだったんだよ!たく、あれじゃ夕飯が作れないだろう」 「では出前を」 「取るな!作るって言っただろう。ほら買い物行くぞってその前に着替えろ」 そう言ってエドワードはロイの両腕を掴み起き上がらせる。 「着替えろって私もいくのかね」 「あったりまえだろ。オレここら辺の地理わかんねーもん」 「そうだったね」 しかし。 ベットに横になった所為か。 それとも。 昔のことを思い出した所為か。 体は鉛のように重たかった。 「・・・・顔色悪いな」 それに気づいたのかは定かではないが、エドワードはそっと右手をロイの額にあてた。 「熱はないな」 「ああ、ちょっと体がだるいだけだよ」 その言葉にエドワードは思考を巡らせて。 「メモとかは無いの?」 「メモ?それだったら書斎のデスクの上」 「以外で」 「以外で?」 書斎は隣の部屋だ。 なのにそれ以外とはどういうことだ? 首を傾げるロイにエドワードは溜息を吐いて。 「書斎は研究室でもあるからな」 ああ、そういうことか。 ホーエンハイムが書斎には近づくなとよく言っていたな。 ってあれ? 「エディは私が錬金術師だって知っていたのかね」 「なんとなく。親父の知り合いはそういう人ばっかだから」 なるほど。 「別に書斎へ入っても構わないよ。見られて困るような物は置いてないから」 「置いてないって言っても・・・・」 「本当に置いてないんだよ」 キミに見られて困る物はこの邸に一つも無いのだから。 「本当にいいんだな」 「構わない。書斎はその部屋だ」 ロイの了承を得たエドワードは書斎部屋へ続くドアを開けて入り、一枚の紙とペンを片手に直ぐに戻ってきた。 「ここに今から言う必要な物が売っている店の地図を書いて」 「え?」 「しんどいんだろ?だったら無理に連れて行くわけにもいかないからな。オレが方向音痴じゃなかったことを感謝しやがれ」 どうやらエディは私の体を気遣っているらしい。 会って間もないというのにこの青年は・・・・本当にいい子に育ったものだ。 「わかった。それで何が必要なのかな」 「えっと」 思考を巡らせながらエドワードが述べていく食材の多さにロイは眩暈を覚えた。 「ちょっと待て!そんなに買ってどうする」 「どうするって作って食べるんだけど」 キョトンとした面持ちで答えるエドワードに頭を抱えて。 「食べるってこんなにも?」 「もちろん!あ、でもそれは今夜の分だけじゃないからな。明日の朝食と昼食。そうそう昼食は弁当を作ってやるから」 「!」 エドワードの言葉に驚愕しロイは顔を上げた。 「父さんに聞いたことがあるんだけど軍の食堂は美味しくないんだろ。オレが腕によりをかけて作ってやるから残すなよ」 「残すなよって・・・・」 「あと家にオレがいるんだから忙しかろうがなんだろうが必ず帰って来い!」 「帰って来いって」 「一年間傍に居ろっていっただろ」 「あ、ああ」 「親父にも大学が始まってもここから通えって言われているし、それに一人で飯を食うほど不味いモノは無いからさ。出来るだけ帰って来い。待ってるから」 「エディ」 目を瞠ってエドワードを見詰めるロイに満面の微笑みを向けて。 「この一年間でロイに安らぎをあたえてやる」 そう言い切ったエドワードの白い頬はほんのりと微かに染まっていた。 ロイは目元を緩めて。 本当にキミは素直に育ったな。 私の選択は間違っていなかった。 − 続 − 04/04/09UP |