| 犬、犬と思っていた物体は狼でした。 「で、すむわけがないだろうが!!」 ぜぇぜぇと肩を上下させる金に、漆黒の狼は大きな欠伸をして、後ろ足で耳をかいた。 布団の上に大きな狼が寝転がり、頭だけを上げている。 それをリビングのソファに座り、両腕でクッションを抱きかかえて眺める金は現実逃避寸前だ。 「おい」 「なんだ?」 人語を話す狼に金は、顎をクッションにかけて。 「本当に昨日の男か?」 未だに信じられず、疑いの眼差しを向けた。 「何度もそう言っているだろう」 「そうだけどさ。なんつーか………」 信じられない気持ちで一杯なわけよ、と言っても理解はしてくれまい。 ああ、折角理想の被写体を見つけたっていうのに〜〜〜! 「人間に戻れよ〜〜〜」 「戻ればいいのか?」 「え?」 その言葉に驚いて金は狼に視線を向けた。 すると。 狼はゆっくりと人の姿を形にしていった。 それを金は、呆けたように口を開き一部始終を眺めていた。 毛並みが引っ込み。 前足がスラリとした長い五本の手に。 後ろ足は綺麗な筋肉がついた長い足に。 身体は昨夜、歓喜を上げた逞しい胸板に。 そして。 顔は端正な顔に変貌を遂げた。 すっげー! 目を大きく見開き、クッションを両腕から床に落とした。 男は一息ついて、前髪を右手で掻き揚げながら、金に視線を向けて。 「どうだ?」 「………うん」 「ん?」 「やっと」 金はフラリと立ち上がり、男に歩み寄って。 「また、会えた」 男の前に座り込み、両腕を胸板に添えた。 「これに」 「は?」 「ああ、もう!やっぱり何度見ても最高に美しい!!」 両腕を男の背中に回し、金はギューと抱きしめた。 男を、ではなく。 しなやかな身体を、だ。 「ああ、この感触、肌さわり、どれをとっても理想の被写体だ!!」 「お、おい」 「このしなやかな筋肉がついた腕に足」 「おい」 「ああ、もう黄金の身体だな」 「おい!」 男は金を剥ぎ取り。 「キミは先ほどから何を言っている」 「何って、アンタの身体を褒めているんだろ」 「は?」 「昨日さ。アンタの顔が端整だから身体つきはどうだろうと思って、見たらもう理想そのもので!」 「理想?」 「あ、うん。オレ、カメラマンをやっているんだ」 「カメラマン?」 「うん。で、男をメインに写真を撮っているんだけど、アンタは理想以上でさ〜。もうもう、大好きだ!!!」 眼鏡越しに目を爛々と輝かせて金は男の首に両腕を回した。 「ちょ、ちょっと」 「ああ、もういつまでも抱きついていたいぐらいだ」 ほう、と満足げな吐息を吐いた。 そんな金を男は盛大な溜息をついて。 「そんなにこの身体が気に入ったのか?」 「うん!是非つーか絶対にモデルになりやがれ!!」 肩口に顔を埋めながら命令口調で言う金に男は顔を仰向けて。 「………命令かい」 「命令だ!アンタを拾ったのは」 ガバリと顔を上げて。 「オレだ!飼い主の言うことは聞くのが犬としての鉄則だ」 「そんな鉄則しらん」 「今知っただろ」 フフンと鼻で笑って、金は両腕に力を込めて男の顔を引き寄せた。 コツン、と額を重ねて。 「アンタはオレのモノだよ」 「モノ、ね」 「そう、オレが拾ったんだ。だから、オレの被写体になれ」 「………モデル、か」 「そうだ」 「無駄だと思うぞ」 「?………どうして」 「人間の姿を撮っても、狼にしか写らない」 「え?」 「私は元々が狼だ。だからカメラというものには狼の姿で写る」 「うっそだー」 「嘘ではない。これまでも何度かそういうことはあったが全て」 「だって、昨日デジカメで撮ったけど、ちゃんと人の形をしていたぞ」 男から離れて、金は布団の横に置いてあったデジカメを手に取った。 昨夜撮った男の画像の記録を呼び出して。 「ほら」 人だぞ、と金が画像を男に見せた。 男はデジカメを受け取り、画像を見入った。 「………嘘だろ」 「嘘なもんか。ちゃんと写っているだろ」 「あ、ああ」 そこには人の形をした自分が写っていた。 「どうして―………」 男の呟きに金は首を傾げた。 そんなことオレが聞きたい。 けれど。 「これでモデルができるよな」 満面の笑顔を見せた。 「え?」 「え、じゃねーよ………って名前を聞いてなかったな。オレはエドワード・エルリック。十七歳だ」 「十七?まだ学生だろう」 「学生だけど、カメラマンなんだ」 「本業は?」 「学生だけど、働かないと生きていけないからな」 「?………人間は親が子を養うだろう」 「両親はいない」 「いない?」 「うん。オレが十歳の時に弟と一緒に」 人差し指を天井に指して。 「いっちゃった」 ニッコリと笑顔で答えた金―エドワードに男は目を眇めた。 「ここに一人で?」 グルリと周囲を見渡せば、かなり広い家内。 この部屋で十畳ぐらい、か。 リビングはそれ以上のようだ。 「うん。両親はこの家と莫大な財産を残してくれたし、保護者になってくれた叔父さんが変わり者でさ。好きな所で暮らして好きなことをすればいいって言ってくれてさ。ここで暮らして、学業以外のことも自由にさせてもらって、二年前、写真で賞を撮ってから仕事の依頼がきて、今じゃ自立できるまでの稼ぎをして」 「それでも寂しいだろ」 「っつ」 「どんなに自由でもこんな大きな家に一人は寂しくて辛いだけだろう」 「そ、そんなことは」 「強がるな」 「強がってなんか」 「強がったら余計に寂しいだけだ」 「!」 「そうだろう」 違うか、とエドワードの顔を覗き込む。 男は真っ直ぐに金の瞳を見つめた。 少し潤んでいる金の瞳を―………。 「だ、だって」 「うん」 「強がらないと」 「ん」 「誰にも縋ることなんてできないから―………」 「そうか」 男はエドワードを抱き寄せて、ポンポンと小さな背中を優しく撫でた。 「叔父さんも家庭があるから」 「うん」 「だから、好きにしていいって」 「うん」 「遺産には手を付けないって条件をだされて」 「うん」 「家に一人で暮らせって」 「うん」 「ほ、ほんとうは」 ギュと男に抱きついて。 「欲しかった」 温かい人肌が―………。 小刻みに震える小さな肩を優しく撫でて。 「よく、我慢したな」 「っつ」 「今日からは私がキミを温めてあげよう」 「え?」 顔を上げれば、男はニッコリと笑って。 「私はキミに拾われたんだろ」 「う、うん」 「キミが私のご主人なのだろう」 「うん」 「だったら主人が望むものを与えるのが下僕だろう」 「!」 「違うか?」 首を傾げて問えば、エドワードはブンブンと頭を左右に振って。 「違わない!」 男の頬を両手で挟み。 「アンタはオレが拾った。今日からオレはアンタの主人だ!」 「ああ」 「ずっと傍にいろ」 「キミが望む限り」 「キミじゃない。エドワード!」 「エドワード様が望む限り」 呼ばれて、エドワードはブルリと背筋を振るわせた。 「そ、それは却下」 「主人だろう」 「様はいらない!」 「やれやれ、命令が多い主人だ」 嘆息して男は再度、エドワードに視線を向けて。 「エドワードは、固いか。エドはちょっと………エディ」 「?!」 「エディ、ああ、いいな」 「よ、よくねー!」 「どうして?」 「そ、そんな呼び方」 「可愛いだろう」 「か、かかかかか」 「か?」 「可愛くないもん!!オレは!!!」 断言したエドワードに男は目を丸くして。 「可愛いじゃないか」 「何処が!」 「全てが」 「?!」 「顔は整っているし、大きな金の瞳に仄かに赤い口唇、ああ、黒縁眼鏡はいただけないな」 顔を覆う眼鏡を取り除き、手入れをしていない横髪を後ろに梳いて。 「ほら、可愛い顔をしているじゃないか」 「しているじゃないか、って言われてもわかんねーよ」 眉間に皺を寄せるエドワードに男は小さく笑った。 「キミは人の身体つきや顔を褒めるくせに、自分のことには疎いのかな?」 「は?」 「キミは磨けば綺麗になるよ」 「どこが!」 ならねーと言い切るエドワードに、男は苦笑した。 「それではこうしよう」 「?」 「キミは私を被写体として磨いていけばいい」 「言われなくても!」 そうする、と言うエドワードにロイは頷いて。 「私はエディを磨いていくよ」 「?!」 「私好みにね」 「な?!」 「それでは早速、風呂に入ろうか」 「は、入ろうってアンタ!」 「アンタじゃない。ロイ、だ」 「……ロイ」 「年は―………もう忘れたな」 「は?」 「私のことが知りたいなら何でも教えてあげよう。その前に風呂だ」 ひょいとエドワードを肩に担ぎ上げ、男―ロイは客間からリビングを横切り廊下にでた。 「ちょ、ちょ、ちょ」 「まずは髪だな。枝毛があるじゃないか。それを切らないと。勿体無いが短くするよ」 「な?!」 「あと、肌も少し荒れているな」 ケアをしっかりしないと、と言いながら扉という扉を開けて中の確認をし、脱衣所に風呂場を見つけたロイはエドワードを下ろし、騒ぎ暴れる彼女から服を脱がして共に風呂場に入った。 「ちょ、ロイ!」 「五月蝿い!私を好きなように撮りたかったら、静かにしろ!!」 「な?!」 「私を撮りたいのだろう」 「ヴッ」 ニヤリと口の端を上げるロイに、エドワードは頭の中で自分とロイを天秤にかけた。 ゆらゆらと揺れる天秤。 そこに。 「私の顔と身体はお前の好みなのだろう」 「ヴヴッ」 そうだ。 好み、というか理想だ! と、撮りたい!! カタタン、と天秤がロイに傾いた。 「エディ、キミを私に捧げれば、私をキミに捧げよう」 その言葉、間違っているぞ!と思うものの、自分を差し出せば、目の前の男が手に入る! ロイの甘い囁きに天秤は完全にロイに傾いた。 「その提案乗った!」 「では」 エドワードが落ちてロイは口の端を上げ、どこから取り出したのか。 右手にはさみを持って。 「エディ、キミを私好みに変身させるよ」 ニッコリと綺麗な笑顔。 だが。 目が真剣だ。 恐ろしく………。 は、早まった? 拾ったのは自分だ。 自分が主人だ。 なのに。 何故か、ロイの方が主人に思えるのは気のせい。 ではない! だろう―………。 遠慮という文字を知らないかのように、ロイはエドワードの髪をカットしていった。 それを鏡越しに見つめながら。 ええい! もうどうにでもなれ!! ギュと目蓋を閉じた。 ロイの写真を撮るためなら、自分はどうなっても構わない!! そうして。 熱に浮かされていた男を拾ったエドワードは、この日から一人ではなくなった。 下僕というわりには、王様のような男。 主人というわりには、下僕のような女。 大きな家で互いを磨く生活が始まったのでありました。 END 07/01/19UP |