□ 小悪魔 1 □










 仕事の帰り道、小さな悪魔と出会った。
 私を破滅に追い込む為に来た、というその小悪魔は子供で、どこからどうみても悪魔には見えなくて、その証拠を見せろ、と言ったら、手の平サイズの小悪魔に変化した。
 それを目にした私は思わず、腹を抱えて笑ってしまった。

 とても。

 可愛くて。

「…っ笑ってんじゃね――――――!」

 顔を真っ赤にして、怒る小悪魔ことエドワード。

「いやいや、可愛くてね」
「可愛い言うな!」

 ガウ、と噛みつくように言い返してくるエドワード。
 それさえも可愛くて、クツクツ、と笑いながらロイは口を開いた。

「それで、どうやって私を殺すんだい?」
「もっちろん、呪いと事故と」
「呪い、ね」
「あ、馬鹿にしたな。呪いは怖いんだぞ!」
「はいはい」
「信じてないだろ」
「いや」

 そうでもないさ。

「可愛い悪魔がこうして目の前にいるのだから」
「可愛い言うな!」
「はいはい」

 さて。

「そろそろ、家に帰って寛ぎたいんだ」

 そう言って、ロイは子悪魔を両手で捕らえた。

「な、何を!」
「立ち話もなんだし、キミを家に招待するよ」
「な?!」

 招待するだと?!
 悪魔のオレをか?

 ひくひく、と片頬を引き攣らせるエドワードに、ロイは微笑み。

「では、帰るか」

 軽やかな足取りで帰宅するロイの手にとらわれたエドワードは、ガウガウ、と終止吠えていた。
 が。
 家に帰り着く頃には、疲れてへばっていた。

「やれやれ、元気な小悪魔だな」
「うるへー」
「なんだ。まだ話せる元気があるのか」
「とうぜん」

 だ、と言う前に、ぎゅるるるるる〜〜〜、とエドワードの腹の虫が鳴った。
 ロイは噴出すように笑って。
 エドワードは顔を真っ赤にして、笑うな、と吠えて。
 玄関から居間まで、そんなやり取りの応酬。

「すまないが、食べ物はないんだよ」

 エドワードをソファのクッションの上に座らせて、ロイは台所に足を向けた。

「何でだよ〜〜〜」
「料理をしないからだよ」

 居間からのブーイングを受け流し、ロイは冷蔵庫を漁った。

 やはり、何もないな。

 冷蔵庫から水が入ったペットボトルを片手に居間に戻った。

「水ならあるが」
「水で腹は膨れねー」
「文句を言うな」

 ほら、とエドワードに手渡す。
 が。
 手の平サイズでは、ペットボトルなど持てるはずがなく。

「身体を大きくできるか?」
「無理〜〜〜」

 腹が減って力が入らない、と、うつ伏せるエドワード。
 ロイは軽く溜息を吐いて、壁時計に視線を向けた。

 午後十時。
 流石に店はもう開いていない。
 開いていてもバーぐらいだ。
 まともな食事は置いていない。

 ロイは廊下に出て、電話機に歩み寄った。
 受話器を手に取り、ダイヤルを回す。
 コールが数回。

『はい。ヒューズです』
「マースか」
『ロイ、どうした?』
「遅くにすまないな。食べ物はあるか?」
『食べ物?』
「ああ、夕食の残りでもいい」
『夕食の残りって、珍しいな。お前がそんなことを言ってくるなんて』
「あるか?」
『夕食の残りはないが、グレイシアに言って作ってもらうよ』
「すまないな」

 数十分後に取りに行く、と言いおき、受話器を置いた。
 居間に戻れば、腹がへった、とぼやきながら、エドワードはソファの上で左にゴロゴロ、右にゴロゴロと転がっていた。

「元気じゃないか」
「元気なもんか。腹がへりすぎて死ぬ〜〜〜」
「悪魔も死ぬのか?」
「死なないよ!」

 ものの例えだ、と怒鳴るも、元気がない。

「先ほど、友人に頼んで食事を用意してもらっている」

 少し、待ちなさい。

「少しってどれぐらい?」
「数十分ぐらいだ」

 それよりも。

「食事は人間が食べるものでいいのか?」
「……ん」

 小さく頷くエドワードを確認して、ロイは居間の隣室、寝室に向かった。
 軍服から私服に着替えて、居間から台所に向かい、戸棚からグラスを取り出し、冷凍庫の扉を開けて氷を入れて、ブランデーを注ぐ。
 ロイがグラスを片手に居間に戻れば。

「ぐーぐー」

 ソファの上で口からよだれを垂らし、お腹を出して寝ているエドワードの姿があった。

「………お腹が空いていたんじゃなかったのかね」

 溜息を吐いて、ロイはエドワードの横に腰を下ろし、グラスに口をつけた。

 家に帰ってきたら、風呂に入って寝るだけだと思っていたのに。

「とんだ拾い物をしたな」

 犬や猫ではなく、悪魔を。
 しかも。
 私を破滅させようとしている者を連れ帰るとは。

「私も焼きが回ったかな」

 エドワードに視線を向けて、ロイは小さく笑った。

「どうみても、私を破滅させるほどの力を持っているとは思えないけどね」

 クツクツ、と笑んで、ロイはブランデーを飲み干し、腰を上げた。
 家の鍵を持って、玄関に足を向けた。
 外に出て鍵を閉め、アパートを出た。
 月の光に照らされた夜道を歩くこと五分。
 一軒の家の前に辿り着いた。
 インターホンを押すと。

「はーい」

 元気な声で玄関の扉を開けたのは。

「マース」
「よ、ロイ」

 親友で悪友でもあるマース・ヒューズ。
 同じ軍人で、階級は中佐。

「悪いな」
「いいってことよ。立ち話もなんだ。入れよ」
「いや、ここでいい」
「ロイ?」
「お持ち帰りは可能かな?」
「あ、ああ、大丈夫だが」
「じゃ、頼むよ」

 マースは驚いた顔をして、一旦家に入った。
 それから暫くして、手提げ袋を片手に外に出てきた。

「ほら」

 ロイは手提げ袋を受け取り、中を確認して。

「すまないな」
「いいってことよ」
「この礼はいずれ」
「おう!」

 ロイはマースに背中を向けて、家路についた。
 マースはロイを見送り。

「家に誰かを招いたのか?」

 珍しいな、と思いながら、マースは家に戻った。





 ロイは家に戻り、居間に踏み込むと。

「何処に行っていたんだ!」

 ソファから怒鳴り声。
 プンプン、と怒っているエドワードに出迎えられた。

「何処って」

 手提げ袋を掲げて。

「食事の調達だが」
「!」
「お腹がすいているんだろ」

 ロイの言葉に、エドワードのお腹がぐーぐーと鳴る。
 恥かしいのか。
 顔を真っ赤に染めて、エドワードはロイを睨み付けた。
 ロイはクツクツ、と笑って、テーブルに袋を置き、二段弁当箱を取り出した。

「さ、好きなだけ食べたまえ」

 蓋を開ければ、一段にはおにぎりがぎっしり。
 二段目には、ウィンナー、卵焼き、コロコロステーキ、ハンバーグ、肉団子などなど。
 子供が喜びそうなものばかりが詰め込まれていた。

 エリシアの弁当みたいだな。

 などと思いながら、ロイはエドワードに視線を向けた。
 エドワードは目を輝かせて。

「な、な」
「ん?」
「これ、全部食べていいのか?」
「いいよ」

 どうぞ、とエドワードをソファからテーブルに移動させる。
 すると、飛びつくように弁当に顔を突っ込んだ。
 おにぎりにかぶりつき、美味しそうに食べてから、おかずの弁当箱に移り、肉団子、ハンバーグ、卵焼きと制覇していくのを見て、ロイは小さく笑う。

「水はここに置いておくから」
「うぐうぐ」
「私は風呂に入ってくる」
「んぐんぐ」

 コクコク、と頷くエドワードの頭を指先で撫でてから、ロイは風呂場に向かった。
 脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に踏み込み、シャワーの蛇口を捻る。
 頭上から注がれる温かい湯に、ほっと息を吐いて、今日の疲れと汗を洗い流した。

「ふぅ」

 ガラ、と風呂場の扉を開けて、バスタオルで頭を身体を拭ってから腰に巻いて居間に戻ると。

「おやおや」

 ご飯粒を身体中につけて、服の裾から膨れ上がったお腹を出し、気持ちよさそうに大の字で眠るエドワード。
 ロイは苦笑して、弁当に視線を向けた。

「あれを全部食べたのか」

 驚きに目を見開き、ロイは再度、エドワードに視線を向けた。

 こんな小さな身体の何処にアレだけの食事が入るのか。

「不思議だ」

 ま、存在自体があり得ない者だしな。

 テーブルに置いていたグラスを手に取り、台所に向かう。
 冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、グラスに注ぎ込む。
 水を一気に飲み干して、グラスをシンクに置く。
 欠伸をしながら、居間に戻る。
 テーブルの上にはゴロゴロ、と右側に転がって今にも落ちそうなエドワードの姿で。

「危ない!」

 ロイは慌ててエドワードを両手で救い上げた。
 本人はぐーぐーと幸せそうに寝ている。
 呆れたようにエドワードを見つめて。

「警戒心が全くない」

 本当に悪魔なのか?

「と、いうか。これでいいのか?悪魔が」

 やれやれ、とロイはご飯粒を指で取り除き、ソファに鎮座するクッションの上に寝かせた。
 脱衣所からタオルを手に取り、エドワードの上に被せた。
 むにゃむにゃ、とタオルに潜り込むエドワードに、笑いが込みあがる。

「おやすみ」

 ロイは居間の電気を消して、寝室に入った。

 明日は休みだから、ゆっくり眠れる、と思い欠伸をしながら、腰に巻いたバスタオルを取り外し、床に放り投げて、ベッドに潜り込んだ。





   − 続 −



   08/06/27UP