□ 片思い □










 アンタに会って初めて恋をしった。

 愛など恋など馬鹿にしていたオレが………だ。

 笑い話にもならない。

 そう、思った。

 けれど。

 想いはとまらなくて。

 どんどん想いが膨らんで。

 泣きたくなるほどに膨らんで。

 それは今でも持続している。

 苦しいよ。

 辛いよ。

 でも………どなに苦しくても辛くても。

 想いをつげることはできない。

 迷惑をかけるからー………傍で見詰めるだけでいい。










 十二月中旬。
 今にも雪が降りそうな重い雲が空を覆っている。

「いやな空だな」

 腰まである金の長髪を後ろで一つに束ねて、同じ金の瞳を持つ青年ことエドワード・エルリックが空を仰ぎ呟きながら母校へと足を踏み込んだ。
 今年の三月まで通っていた高校。
 もう通う必要は無い。
 けれど。
 エドワードにはあった。

 オレも大概馬鹿だよな〜。
 いい加減、忘れなければいけないのに………。

 でも。

 忘れることはできなくて………。
 かといって会わなければ苦痛で………。
 会えば嬉しい反面、苦痛で。

 もう。

 かなり重症だということはわかってはいるけれど。
 
「どうしようもねーよな〜」

 自嘲気味に笑って青年はもう殆ど生徒が居ない校内に入った。
 静まり返った廊下に靴音が響く。
 階段を上がり三階の突き当たりに足を向ける。
 そこには少し古びたドアがあった。
 表札には「図書室」と記されている。
 ドアを開ければそこは本の宝庫。
 棚が惜しみなく並べられ、窓からは夕焼けが差し込み、その前には机が並べられていた。

「あ、兄さん」

 机に向って勉強していた金の髪と緑かかった瞳をもつ青年ことアルフォンス・エルリックが上体を振り返らせ笑顔で出迎えてくれた。

「よっ。捗っているか?」
「うん。先生が優秀だからね」
「それはオレのことか?」
「もちろん」

 窓辺に歩み寄る兄に満面の笑みを向けてアルフォンスは再度ノートに視線を落とした。
 エドワードは椅子を引き寄せ窓の傍で腰を降ろした。
 そんな兄の姿に胸中で嘆息して。  

「兄さん、いい加減告白しなよ」

 窓の外を眺めるエドワードは頭を左右に振ることで答えた。

「兄さん!」
「玉砕覚悟なんてまっぴらっだ」
「でも、言わないより言った方が楽になるかもしれないよ」
「それでも言わない。アイツに迷惑をかけたくない。それに見ているだけでいいんだ」
「見ているだけなんて辛いよ」
「うん。正直、今でもかなり辛い。でも見ずには居られないんだ」
「兄さん………」
「お前をだしに使って悪いけど」
「そんなこと気にしなくていいよ!」
「サンキュー」

 果敢なそうな笑みで礼をいい、エドワードは再度外に視線を向けた。

 一途だな。
 
 アルフォンスは溜息を吐き、ノートに視線を落とした。
 
 兄さんには好きな人がいます。
 相手は男でロイ・マスタング。
 数学教師で僕の担任です。
 漆黒の髪と瞳。
 そして甘いマスクは女生徒に好まれ、ファンクラブまであるほどの人気者です。
 そんな人を兄さんはいつから好きなのかは定かではありません。
 僕が気付いたのは兄さんが卒業してからだったから………。
 放課後、僕と幼馴染みのウィンリィの勉強を教えるという名目をつけて放課後はこうして毎日通っています。
 告白をするでもなくただただこうして窓からみつめるだけで………兄さんらしくない行動だと僕は思います。
 だって、いつもは何事にもハッキリとした行動と言動をする兄さんがただ黙って見詰めているだけなんて………別人のようで気持ち悪いです。

 そこへ背後から抱きしめられるように細い両腕がアルフォンスの胸で交差し。

「アール、なにを言っても無駄よ」

 いつの間に来たのか。
 振り返るとそこには幼馴染みのウィンリィが微笑混じりにアルフォンスを見下ろしていた。

「ウィンリィ……でも」
「私はエドの気持ち、なんとなくわかるわ」
「え?」
「マスタング先生は男でしょ」
「う、うん」

 何を今更………。

「その上、いつも女生徒に囲まれてしかも、女好きと聞けば告白なんて勇気、そうそう持ち合わせていないわよ」
「でも」
「こればかりはエド次第だから、見守ってあげよう。それに私達は来年の三月には卒業だから」

 そう。
 私達が卒業すればもうエドはここには来れない。
 見ることもできなくなるのだから。

「う……ん」
「さ、私達は今日の復習をしましょう」
「そうだね」

 教科書を開いて二人は勉強を始めた。
 窓辺に座るエドワードを気遣いながら。
 そんな二人に胸中で礼を述べてエドワードはグランドにいるロイの姿を追った。
 ロイは男子陸上の顧問といっても今は代理。
 ホークアイ先生が産休に入り代わりに勤めることになったのだという。
 それはエドワードにとって嬉しい出来事だった。
 その反面、寂しくもあった。
 放課後はいつも音楽室でピアノを弾いている姿が見れないからだ。

 聞きたいな〜。
 先生のピアノ。

 ぼんやりとそんなことを思いながら溜息を漏らした。

 でも無理か。
 オレが学校に来ていること知らないしな。
 ってあ〜あ。
 笑顔をふりまいて………誰にでも優しいのは変わらないんだ。

 痛む胸から意識を逸らし、エドワードはカバンから読みかけの本を取り出し開いた。
 けれど意識は本ではなくやはり外にいる彼に持っていかれる。

 あ〜駄目だ。
 重症だ………。

 無意識に緩む顔をそのままにエドワードは胸中で嘆息した。



 そんな日々が続いたある日のこと。



 寒い中、いつも通りエドワードはグランドを通り校内に入ろうとしたところで一瞬、視界に入ったのは漆黒の髪。

 マスタング先生?
 校舎の裏に行ったよな?

 少し迷いながらもエドワードは後を追った。
 校舎の裏にあるのは花壇だけで。
 
 花にでも興味を持ったのか?

 なんとも馬鹿なことを思いながら不安をやりすごす。
 予感が的中しないように、と祈りながら………。
 でも。
 そんな時ほど的中するもので。
 しかも。
 悪い方に、だ。
 先生が視界に入ると同時に女生徒が二人立っていた。
 オレは慌てて角の壁に隠れると同時に。 

「好きです」

 一人の女生徒が震える声で告白した。

 ズキッ。

 痛む胸に舌打ちしながらエドワードは両手を握り締めた。

 あーあ、やっぱりな。
 つか、卒業してもこの場面に落ち合うのは嬉しくない。

 在学中は放課後マスタング先生となにかと討論していた所為か、女生徒から手紙を頼まれる上にエドワードをだしに遊びに来る女生徒もいた。

 もちろん手紙は断った!
 好きなら自分から渡せばいいだろう!
 あと、遊びに来る奴等をまくこともした。
 先生との時間を邪魔して欲しくなかったから。
 だが。
 女は鼻がきくのか。
 何処に行っても見つかってその度に告白場面に出くわしてしまう始末。
 オレは………そんな先生を直視できなくて理由をつけて帰った。

 情けない。

 そう、思ったけど………でも、どうすることもできなくて。
 ん?
 そういえば、先生はいつもどうやって断っていたんだろう?

 ゴクリと唾を嚥下し、耳を澄ます。

「すまない。私には好きな人がいるんだ」

 !

 ロイの聞いたこともない優しい声にエドワードは目を見開き、下唇を噛み締めた。

 ズキズキズキズキ。

 心臓にナイフが刺さったかのように痛みがはしった。

 やっぱり………な。
 そうだよ。
 好きな奴が居て当たり前なんだ。

 つっと眦から涙を流し、エドワードはその場から離れた。

 わかっていたことじゃないか。
 覚悟もしていた。
 なのに……なんでこんなにもっ。

 習慣とは怖いものでエドワードはいつの間にか校内に入り図書室に足を踏み込んだ。
 誰も居ないことに安堵しながらドアを閉めてその場に座り込み止め処なく涙を流し泣いた。

「ひっ……っつ…くっ………」

 両手で顔を覆い、なるべく声を殺して泣いた。

 苦しい、苦しい、苦しい!

 痛い、痛い、痛い!

「うっ、痛いよ。もうやだぁっ」

 苦しいのも辛いのも痛いのも。
 もう、いやだ。
 感じたくもない。

「アイツなんかと会わなければこんなことにならなかったのに」

 会わなければこんな想いをしなくてもすんだ。
 けれど。
 アイツと会って苦しいことや辛いことばかりじゃなかった。
 無かったけど………。

「………吹っ切らないと」

 そうだ。
 好きな人がいるとわかっただけでもよかったじゃないか。
 吹っ切る理由ができただろう。
 もういい加減けりをつけようぜ。
 オレ!

 手の甲で涙を拭い、顔を仰向ける。

 そうだ。
 吹っ切ろう。
 いつまでも想いつづけていても仕方がないじゃない。
 ほら、確りしろ!エドワード!!

 自分自身を励ましながらゆっくりと窓辺に歩み寄った。

「ここも今日が最後だな」

 窓ガラスに手をついて外を眺める。
 するとそこには相変わらず女生徒に囲まれているロイの姿があった。
 エドワードは思わず視線を逸らし、その場から離れた。

 吹っ切るんだ。
 この想いを全て………忘れるんだ。

 痛む胸から目を逸らしてエドワードは束ねていたゴムを取り払った。
 
 ………帰ろう。

 顔を隠すように髪を下ろして。

「さようなら」

 震える声で呟いてエドワードは図書室を後にした。

 もう、来ることもないだろう。

 さようなら。

 先生………。





 そうして。

 エドワード高校に姿を見せなくなり一週間が経った。





「エルリック」

 廊下で呼び止められアルフォンスが振り返った先には担任であるロイが笑顔で立っていた。

「マスタング先生」
「受験の方はどうだ?お前のことだから大丈夫だとは思うが」
「順調ですよ。わからない所は兄さんに聞いてます」
「そうか。そういえば、その兄さんはどうした?」
「え?」
「もう一週間になるだろう。いつも放課後はエルリックとロックベルの勉強を教えに図書室まで通っていたのに」

 風邪でも引いたか?と尋ねるロイにアルフォンスは目を見開いた。

「先生、それ誰に聞いたんですか?」
「聞いたもなにも図書室の窓からいつも外を眺めていたじゃないか」
「!………気づいていたんですか!」
「気づきもするさ。あれだけ見詰められたら」
「あー………」

 ロイの言葉にアルフォンスは苦笑を漏らした。

 そうだよね。
 穴が空くほど見られたら誰だって気づくよ。

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

 頭を下げるアルフォンスにロイは慌てて制した。

「や、別に」

 迷惑ではと続けるところにアルフォンスが笑顔で遮った。

「兄さんはもう来ないので先生の邪魔にはなりません」
「………え」
「大学が忙しいからもう来れないって」

 アルフォンスの言葉にロイは目を瞠り、右手を握り締めた。

「…そ……そうか」

 一瞬にして顔を曇らせたロイにアルフォンスは首を傾げた。

「先生?」
「あ、いや、呼び止めてすまなかったな。勉強頑張れよ」
「はい」

 踵を返し、去っていくロイの背を不思議そうに見送れば。

「な〜にを話していたのかな?」

 背後からウィンリィがアルフォンスの首を右腕で絞めてきた。

「ギ、ギギギ、ギブギブギブ!!!」

 そのまま図書室に連行され、アルフォンスは先ほどの会話をウィンリィに話した。

「フ〜ン、そっか。じゃ脈ありかも」
「脈って?」
「エドの視線が鬱陶しいだけなら放っておくはずでしょう。なのにわざわざアルに聞いてきたのよ」
「うん」
「ということはマスタング先生はエドが来ることを待ちわびていたんじゃない?」
「ま、まさか〜」
「そう、言い切れる?」
「………」

 た、確かに視線が鬱陶しいだけなら兄さんが来ないことを聞いてきたりしない。
 でも、あの女好きのマスタング先生が兄さんを?

「でも、それは僕たちの憶測でしょう」
「そうよ」
「そうよって僕はこれ以上兄さんの泣き顔を見たくないよ」

 糠喜びほど悲しいものはない。

「私もあんなエドを見るのはもう嫌だわ。だから」
「?」
「私達が真相を突き止めるのよ!」

 ガッツポーズで言い切るウィンリィにアルフォンスはキョトンとした顔を向けて。

「どうやって?」
「フフフ、まずは聞き込みをしましょう」
「聞き込み?」
「えっとマスタング先生と親しい友達はっと」

 そう言って内ポケットから手帳を取り出し捲るウィンリィにアルフォンスは目を見開いた。

「ウ、ウ、ウィンリィさん?!それって」
「これ?これはね。極秘手帳よ!」
「へ?」
「こんなこともあろうかとマスタング先生の周囲を調べておいたの」

 マジですか!

「ああ、居たわ。マース・ヒューズ。マスタング先生とは古い付き合いで親友であり悪友である」
「ヒューズって古典の?」
「そうよ」

 パタンと手帳を閉じて。

「さ、行くわよ!」
「何処に!」
「決っているじゃない。ヒューズ先生の所よ」
「ちょ、ちょっとまって!今日は確か休み」
「だったら家に行くまでよ」
「マジですか!」
「マジです。エドの為よ。さ、行くわよ」

 アルフォンスの襟首を掴み二人は学校を後にした。

 向う先はヒューズ宅。

 しかし。

 そこは予想以上の邸宅で。

「うっわ〜広い……庭……」
「本当だね」

 ウィンリィとアルフォンスの目の前には高い鉄柵。
 鉄柵の向こうは広い庭。

「家が………見えないね」
「そ、そうね」

 本当にここかと表札を探すもののそんなものは何処にも無くて。

「ヒューズ先生ってもしかしなくてもお金持ち?」
「みたらわかるでしょう」
「う、うん。そうなんだけど」

 では何故教師なんてことをしているのか。

 二人はその謎に頭を抱えたが、いち早くその思考から抜け出したのはウィンリィだった。

「そうかもしれないけど私達には関係ないわ。あるのは真実のみ!」
「なんの真実だ?」

 突然、後ろから声がかけられ二人は驚愕とともに飛び退いた。

「おいおい、そこまで驚くか」

 無精髭に眼鏡をかけたマース・ヒューズがコンビニの袋を片手に立っていた。

「ヒューズ先生!」
「あれ、お前等なんでこんな所に?」
「お聞きしたいことがありまして」
「勉強熱心だな」
「「古典は得意分野です」」
「そうだったな。じゃ何用だ?」
「マスタング先生のことで」
「ロイのこと?まぁ、こんな所でもなんだし中に入れ」

 ヒューズに促され二人は豪邸にお邪魔した。

「で、ロイの何を知りたい?」

 広いリビングのソファに座らされアルフォンスとウィンリィは気を取り直し口を開いた。

「マスタング先生の想い人ってご存知ですか?」

 ウ、ウィンリィ直球すぎだ。

「想い人?つーと片思いの相手か?」
「そうです」
「何故そんなことを聞くんだ?」
「幼馴染みをどん底から救うためです!」
「は?」
「毎日毎日、マスタング先生のことを想って枕を濡らしている馬鹿の為なんです。教えてください!」

 必死な形相で頼み込むウィンリィにヒューズはポリポリと頬を指でかいて少し悩んだ末、パンと膝を叩いた。

「教えるのはいいが、秘密だぞ」
「もちろんです!」

 身を乗り出すウィンリィにヒューズは苦笑して。

「アルフォンス・エルリック、お前の兄貴だよ」
「に、兄さん?!!」
「そうそう。エドワード・エルリックだ。アイツの頭はずば抜けていたからな〜。よく先生方が泣かされていた。ロイは楽しんでいたがな」

 懐かしそうに語っているヒューズにアルフォンスは呆然としてウィンリィはグッと握り拳を掲げながらも。

「本当のことですよね!」

 もう一度再確認をとる。

「おう!本当のことだ」
「マジですね」
「マジだ」

 真摯な顔で頷くヒューズにウィンリィは歓喜した。

「よっし!それじゃとっとと告白させないと」
「おいおいおい、状況を説明しろ」
「実はですね。幼馴染みっていうのはコイツの兄のことなんです」

 ウィンリィはアルフォンスを指して言った。

「コイツってじゃエルリック兄がロイのことを好きなのか?!」
「はい、三年の片思い中です」
「それはまた………はーーーーー心配して損したぜ」

 脱力するヒューズに二人は首を傾げた。

「?………どういうことですか」
「なに、ロイの奴が卒業しても高校に通っていたエルリック兄に告白するんだと意気込んでいたんだが、突然来なくなって落ち込んでいたから今日飲みに誘ったん」
「何処ですか!」

 ヒューズの言葉を遮り、ウィンリィが尋ねた。

「聞いてどうする」
「決っているじゃないですか。そこにエドを行かせるんです!」
「ああ、なるほど。それはいい思い付きだ。えっと店は」

 などと企てていく二人を横目にアルフォンスは胸中で嘆息した。

 二人とも既に兄さんの為じゃなく楽しんでいるよ。
 ま、いいけどね。
 それで兄さんが幸せになるならさ。

 大きな窓に視線を向けて薄暗くなり始めた空を見上げそっと微笑んだ。










 夜空の下。
 エドワードは突然、幼馴染みに携帯で呼び出され白い息を吐きながら人の合間を縫って走っていた。

 たく、こんな日に呼び出すなっつーの!

 今日はクリスマス。
 何処を見渡してもカップルばかりでその上人口密度が通常よりも増えていた。

 オレが人込み嫌いなことを知っているくせに〜。

 ブツブツと胸中で文句を言いながら辿りついた店は意外と落ち着いたバーだった。

 本当にここでいいのか?

 携帯を取り出しウィンリィからきた受信メールを開く。

『二十時に○△駅から五分の【フレイム】にくること。時間厳守!』

 あっているよな。
 たく、後から文句を言ってやる!

 店のドアを開けて中に入れば赤レンガで統一され電球も柔らかくクラシックが心地よい音量で流れていた。

 おいおいおい!
 本当にここかよ〜。

 背中に冷汗を流し踵を返そうとした。
 その時。

「いらっしゃいませ。エドワード・エルリック様で宜しいでしょうか?」
「え、あ、はい」
「お連れのお客様がお待ちかねです」

 店員に促されエドワードは店の奥へと進むといくつもの個室が視界に入り入口はカーテンで閉められるようになっていた。

 マジでここなのかよ!

 ウィンリィは大勢の人と飲むのが好きだ。
 このような二、三人しか入れない個室は好きではないと言っていた。

 でも、さっきオレの名前を確認されたし。

 グルグルと思考を回すエドワードに着いたとの言葉をかけられた。

「こちらの個室となっております。飲み物がお決まりになりましたらベルを押してお呼びください」

 一礼し店員が去るとエドワードは入口を閉ざしているカーテンを勢いよく引いた。

「てめ!ウィンリ………!!!」

 怒鳴りつけようとした相手は幼馴染みでは無くここに居るはずが無い人で………。

「やぁ、エルリック」
「!!!!!!」

 想い人であるロイ・マスタングが爽やかに微笑みながら呼ばれて夢ではないことを悟るや否や踵を返そうとしたエドワードだったが、腰に腕を回され勢いよく中に引き込まれた。

「うっわっ!」

 ロイの胸に倒れ込んだエドワードを嬉しそうに微笑み、もう片方の手でカーテンを隙間無く閉め切った。
 部屋は青いロウソクで灯され電球は一切無い。

 ど、どうしよう。
 つか、この体勢は心臓に悪い!
 吹っ切るとは思ってもでもまだオレは先生のことがっ。

 エドワードはロイの腕から逃れようと身を捩るが、ビクともしない。

「は、離せ!」

 やっと出た声は震えていた。

「何故?」
「うひゃ!」

 耳元で……つか、その声で囁くのはやめろ!

 エドワードは真っ赤に顔を染めギュっと目蓋を閉じた。

「エル………エドワード」

 ドキン!

 な、な、な、な、な!
 先生がオレの名前を呼んだ?!

 エドワードは恐々と顔を上げた。
 するとそこには見たことが無い優しい眼差しでエドワードを見詰めるロイの瞳をかち合い、頬はより一層赤みを増した。

「な、何で先生がここに?」
「ヒューズに呼び出されたんだ」
「ヒューズ先生に?」
「ああ、最高のクリスマスプレゼントをやるから来いとね」
「プレゼント?」

 ロイの周囲を見渡すが物など一切無かった。
 首を傾げるエドワードにロイは微笑して。

「プレゼントは私の腕の中だよ」

 先生の腕の中……………ってもしかしなくても。

「キミだ。エドワード・エルリック」
「!」
「突然、学校に来なくなったから心配したよ」
「え?」
「図書室に来て私を見ていただろう」
「!!」

 な、ば、バレていたのか?!!

「あれほど熱い眼差しを向けられれば気づくよ」
「ご、ごめんなさい」
「何故謝る?」
「あ、や、その………」
「私は嬉しかったのに」

 え?

「嬉しかったよ。キミが卒業して……会えないことが寂しくて………そんな時にエドワード、キミを図書室で見つけた」

 それってどういう?

「正直驚いたよ。何故ここにとね。その理由は直ぐにわかって少しばかり落ち込んだけど」
「落ち込む?」
「キミは弟と幼馴染みの為に通っていたのだろう」

 その言葉にエドワードは返事が出来なかった。

 だって本当は先生を………。

「私は自分のいいように考えていたからね」
「いいように?」

 エドワードの頬を撫で上げて。

「私に会いに通ってくれている」
「!」
「ヒューズには自惚れ過ぎだと言われたよ」
「………」
「でも、図書室から感じた眼差しはもしかしたらと期待するものがあった。だから私はエドワード、キミに告白をしようと思った」
「!」
「なのにその矢先に来なくなって弟に聞けばもう来ないと言われて私がどれだけ落ち込んだかわかるかい」

 エドワードの腰に回していた腕に力を込めて引き寄せ、耳元に唇を寄せた。

「エドワード」

 ビクリと身体を震えさせ、ロイの服を握り締めた。

「キミを愛している」
「!!」
「初めて会ったあの時から」

 初めてって………。

「覚えて………」
「もちろんだよ。忘れるはずがない」

 マスタング先生と出会ったのは三年前。
 オレが高校二年の春、マスタング先生が転任してきた。
 最初は興味なかった。
 キザな奴と外見しか見ていなかったから。
 それから二ヵ月後。
 音楽室からピアノの音が鼓膜を叩いた。
 誘われるように行けばマスタング先生がグランドピアノの前に座っていた。
 その姿を見て驚愕し、また音は心が動かされた。
 音楽に興味が無かったオレでも惹かれる音色。
 知らず知らずのうちに眦から涙が零れると同時にドアに重心がかかり、転がるように音楽室に入ってしまったのだ。
 そんなオレを目を見開いて驚き見詰める先生は手を止めてから微笑み。

『いらっしゃい。エルリック君』
『!』

 何でオレのこと。

 思ったことが顔に出ていたのだろう。
 先生はクスリと笑って。

『君は有名人だからね』
『?』
『先生達を困らせる生徒だとね』
『困らせてなんかない。先生達の頭が悪いんだ』
『言うね』
『本当のことだろ』

 立ち上がり埃を払い落としながらエドワードはロイに歩み寄った。

『では私と討論でもしようか?』
『は?』

 何を突然言い出すんだ?

『そこら辺にいる先生よりは頼りになると思うよ』
『………そんなことを言っていいのか?』
『本当のことだ』

 自信満々に言い切る先生にオレは目を瞠り笑った。

『変わった先生だな』
『そうかね?』
『そうだよ。よっし。じゃさっそく………討論は明日からでもいい?』
『構わないよ』

 その言葉に安堵してエドワードは机に腰を降ろした。

『引いてよ』
『?』
『さっきの曲』
『ああ、気に入ったかい?』
『ん、音楽のことはよくわからないけどとても心地よかった』

 素直に想いのまま言えば先生は一瞬目を瞠ったもののニッコリと微笑み鍵盤に両手を置いた。
 これが先生との出会い。

「その時に私はキミに一目惚れしたんだよ」
「!………うそ」
「嘘じゃないよ」
「だ、だってそんな素振り見せなかったじゃないか!」
「キミは生徒だったからね」
「?」
「教師と生徒の関係で手を出したら問題が生じるだろう」
「手を出すつもりだったのか?」
「おや、気づかなかったのかい?キミと会う度に己の欲望を押し留めることに必死だったんだよ」
「よ、欲望とかいうな!」
「本当のことだ」
「は、恥ずかしい奴」
「失敬な。正直者といいなさい。それで」
「え?」
「キミの答えは?」
「!………わかっている癖に」

 拗ねた顔を見せるエドワードの口唇を親指でなぞって。

「この口で言って欲しい」
「!」
「エドワード、返事を」
「………だ」
「聞こえない」
「っつ!」

 エドワードは両手でロイの顔を挟み引き寄せ掠めるようなキスをして。

「オレも好きだ」

 ロイの首に両腕を回し、肩に顔を埋めた。
 そんなエドワードにロイは愛しそうに両腕を背中に回して愛しく抱きしめた。

「好きだよ。エドワード」

 ロイの言葉がエドワードの鼓動を高める。

 痛みはもうない。
 変わりに高揚感が身体を支配する。

「………っ」
「最高のクリスマスプレゼントだ」
「オレもだ」

 エドワードは顔を上げて微笑みながら眦から涙を流した。
 その涙をロイは口唇で拭って。

「メリークリスマス」
「メリークリスマス、先生」
「ロイ、だよ。エドワード」

 言われてまたもや顔を真っ赤に染めながら視線を彷徨わせるや否や額をロイの肩に押し付けて。

「………ロイ」

 小さなそれでも確りとした口調で呼ばれてロイは金の髪に口付けて、エドワードの頬に手を添え顔を上げさせた。
 金の瞳を見つめれば恥ずかしそうにするものの視線は真っ直ぐにロイを見詰めている。

「エドワード、好きだよ」

 額へ。

「愛している」

 頬へ。

「私と付き合ってください」

 口唇に羽のような口付けを落とす。
 ロイの台詞にエドワードは目を見開いて微笑んだ。

「はい」

 返事をすると同時にエドワードはロイの口唇に重ねた。
 それに答えるようにロイは味わうように深く口付ける。
 ロイとのキスはとても優しく温かかった。

 まるでロイのピアノの音のようだ。

 うっとりとキスを味わいながらエドワードは頭の片隅でそう思った。

「今夜、私にエドワードの時間を貰えるかな?」
「今夜といわずにずっとね」

 そうして二人はクスリと笑って影が一つに重なっていった。





   END



   04/11/03UP






Web拍手にて書き上げたお話です。
教師と生徒!いい響きだ!!と己の妄想のままに書いたお話は皆様に楽しんで頂けたようでとても嬉しく思います。
今回UPするにあたり書き直しをさせて頂きました。
また、楽しんで頂ければ幸いです。