□ 初 恋 3 □










 本を読み始めたら周りが見えなくなるのはいつものこと。
 だが・・・・。
 今回はそれが仇になってしまった。

「鋼の、鋼の!」

 少しキツイ口調で呼ばれてエドワードは慌てて本から顔を上げるとそこには心臓に悪い顔が目と鼻の先にあった。

「うぉわっ!」

 驚愕しつつ慌てて立ち上がろうとした足は椅子に絡まり体制を崩し目の前にいる男の胸へと倒れ込んだ。

 安堵したのも束の間。
 ロイの腕の中にいることを身で感じたエドワードは両手をロイの胸に添え体を押しのけた。

「ご、ごめん!」

 相手の顔をまともに見れないエドワードは真っ赤に染まった顔を俯けたまま謝罪する。

「気にしなくていいが・・・・鋼のは軽いな」
「ほえ?」

 突然何を言い出すのか。
 そろそろっと顔を上げるとそこには見たことも無い優しく微笑んだロイの顔があった。

 ドキッ!

 一気に全身の体温が上昇し、心臓が早鐘のようになる。
 
 ま、まただ。
 大佐の顔を見たら・・・・ううん、遠目から姿を見ただけで体温が上がる。
 心臓がバクバクいって煩い。
 一体全体どうしたっていうんだよ、オレ・・・・。

 己れの想いに戸惑うエドワードを知ってかしらずかロイは両手をエドワードの脇へ入れて軽々と抱き上げた。

「な、な、な〜〜〜!!お、下ろせ!!」
「フム、やはり軽いな。機械鎧をつけているにも関らず・・・・ちゃんとご飯は食べているのかね」

 抱き上げたエドワードを見上げて問うと真っ赤になった顔でロイを睨みつけて。

「食べてるよ!それよりも下ろせ〜!!」
「どうせ、パンとかスパゲティー類だろう」

 ・・・・その通りです。

 ロイの言葉に反発する言葉が無くて顔を背ける。
 エドワードの行動に苦笑して。

「肉とか野菜は食べないのかい?」
「・・・・時間が惜しいから」
「それだと栄養が固まりすぎているじゃないか。そんなことだといつまでもおチビのままだよ」
「・・・・チビいうな」

 口をへの字にして反発するが自分でもわかっているのだろう。
 その声はとても弱弱しい。

「だが本当のことだ」

 エドワードを下ろしてロイは床に落ちた黒のロングコートを拾い埃をはらってから袖を通し「行くぞ」と促した。

「うん」

 床へ視線を向けると先ほど立ち上がった時に落ちた本が目に留まり。

「あ、大佐!本」
「本?」

 怪訝な顔で振り返りエドワードの両手に掲げられている本に視線を向けて「ああ」と言葉を漏らす。

「持ち出すことは出来ないから私の執務室へ戻してきなさい」
「引き出しに入れておいていい?」
「構わないよ」

 ロイの了承を得てエドワードは軽やかに執務室へと足を向けた。
 その背を見送って。

 今更だが本当に小さいな。

 視線を手の平へ落として。

 とても軽くてこの両腕にすっぽりと収まる大きさで・・・・。

 フッと笑みを漏らし。

 今夜は肉料理にするか・・・・って私は何を考えて・・・・。

 そこで盛大な溜息をして。

 他人のことを考えることなど何年ぶりかな。
 軍は強者しか生き残れない所だ。
 他人を気にするだけ時間の無駄だし足を引っ張られるだけ。

 だから。

 今まで人とは一線置いて接してきた。
 悪友であるヒューズも右腕であるホークアイ中尉も直属の部下達も・・・・。
 誰も私に近づけさせない為に。
 それは今もそしてこれからも変わりないはずだった。

 なのに。

 例外が現れた。

 エドワード・エルリック。

 凄腕の錬金術師がいると聞いてリゼンブールまで行った私の目の前に現れた少年の瞳は何もうつしてはいなかった。
 それもそのはず。
 彼は母親を生き返らせようと禁じられた人体練成をしたのだ。
 その等価交換で弟の体と己れの左足を持っていかれた。

 そして。

 弟の魂を鎧へ定着させる為に己の右腕を等価交換として差し出した。
 なんとも・・・・十代になったばかりの少年には酷なことで。

 だが。

 己の失態だ。
 それを受け入れ前へ進まなくてはいけない。
 現実から逃げていては何も見出せないのだから・・・・。
 だから私は十一歳という年端もいかない子供に『国家錬金術師』になることを進めた。
 一般では読めない文献の閲覧、莫大な研究費の支給などの話を突きつけた。
 まだ光があると言わんばかりに・・・・。

 その代わり。

 『軍の狗』となることを前提であることを踏まえた上で、だ。
 どの言葉が彼の瞳を蘇らせたのかはわからない。

 だが。 

 曇っていた瞳は澄みきって焔が点った。
 光を見出したと言わんばかりに・・・・。
 その瞳を見た瞬時、体に衝撃が走った。
 歓喜・・・・とはまた違う何かが・・・・。

 この時、私は思った。
 いや、願ったと言った方がいいかもしれない。

 欲しい、と・・・・心の奥底から願った。

 クククと喉を鳴らし笑う。
 
 十四も離れた子供を欲しいとは・・・・私自身『イカレタ』かと思った。
 否。
 思わざるえなかった。
 だってそうだろう。
 二十代の私が十一の子供に欲情したなどと笑えない話だ。
 そう。
 笑えない話・・・・だが・・・・今はもうそんなことどうでもいいぐらいに欲しくて欲しくて堪らないんだ。
 彼の体を心を・・・・全てを欲しい、手に入れたい!

「狂っているな」

 自嘲気味に呟いて目を細めた。

 それこそ今更だ。
 私はエドワードに出会った瞬間、狂ったのだ。
 彼という存在に・・・・。

 思いに耽っているとカタンと音がした。
 ゆっくり音がした方へ視線をやるとそこにはエドワードが驚愕した顔で立っていた。

「鋼の?」

 馴染んだ低い声で呼ばれた瞬間、体が震えると同時に安堵した。

 やっぱり大佐じゃん。
 オレなに馬鹿なことを考えて・・・・。
  
 本を引き出しに入れて戻ってくると薄暗くなった執務室で大佐が物思いに耽っていた。
 声をかけようとして一歩踏み出しはしたもののそれ以上進めなかった。 
 そこにいるのは大佐であって大佐じゃなかったから。
 見たことも無い顔・・・・。
 
 知っていると思っていた顔は仮面で今見た顔が本当の大佐ではないのかと思う程で・・・・。

 一歩また一歩、大佐に近寄れば寄るほど足がくすむ。
 己の足に叱咤し、ようやく大佐の下へたどり着いた。
 そんなに遠くない距離なのにとても、とても遠く感じた。

「どうした、鋼の」

 不思議そうに問うロイにエドワードは頭を左右に振って。

「なんでもない」
「・・・・だが」
「本当になんでもないんだ。それよりもお腹空いたよ、大佐」

 俯いたままロイの袖を握り締めるエドワードの手をもう片方の手で覆って。

「そうだな、行こうか」
「・・・・うん」

 袖を握り締めていたエドワードの手はロイの大きな手に包まれるように握り締められていた。

 温かい・・・・。

 普段だったら恥ずかしいと叫び暴れて逃げただろう。
 でも。
 今は嬉しい・・・・。
 大佐の傍にいることが実感できるから・・・・。

 司令部を出て昼とはまた違った夜の街をロイはエドワードの歩調にあわす様にゆっくりと歩いた。

「そういえばアル達は?」

 今更のように思い出したエドワードはロイに問うと呆れた顔がかえってきて。

「今更だな、鋼の」
「あ、や、だって」

 本から意識を戻したら大佐の顔があってそれでパニくってしまったから・・・・忘れていたんだよ。

 頬を赤く染めて黙るエドワードに苦笑して。

「皆定時に退社したよ。一応鋼のに声をかけたみたいだが」
「そ、そっか」
「あとアルフォンス君は今夜ホークアイ中尉の家に泊まるそうだ」
「え、そうなの。なんか中尉に悪いな」
「なに、気にすること無いさ。中尉はアルフォンス君と鋼ののことを我が子のように愛しているからね」
「!」
「なんだ知らなかったのかい?」

 頷くことで答え胸の奥底から温かい何かが湧き上がる。
 
 我が子のように・・・・か。
 なんだかとても嬉しい。
 じゃきっと今頃アルは喜んでいるだろうな。

「さて、今夜の夕食は肉料理にしようかと思っているのだがどうかね。鋼の・・・・ともう職場じゃないのだから鋼のと呼ぶのはおかしいな」
「え、そうかな」
「そうだろう、エド」
「!!」

 突然名前を呼ばれて顔が真っ赤に染まるエドワードへ満面の微笑みを向けて。

「私のことはロイでいいからね、エド」
「な、な、な、そんな、大佐の方が年上なのにそんな呼び捨てなんて!」
「構わないよ、エド。さ、呼んでごらん」
「で、できないよ!」
「私が構わないと言っているのに?」

 首を傾げて言うロイに言葉を詰まらせ上目使いに睨んだ。

「普通は言わないだろ」
「だが私は呼ばれたいな、エドに」
「何故」
「さて、何故だろうね」

 飄々と答えるロイになにを言っても無駄だと悟ったエドワードは深呼吸をして。

「・・・ロ・・イ」

 言うや否やボンッと顔がゆでだこ状態になったエドワードは慌てて俯いた。

 か、顔が熱い。
 何で?
 大佐の名前を呼んだだけなのに〜。

「エド?」
「も、もう呼ばない!」
「何故?」
「だ、だって」

 呼べばきっと今以上に心臓がバクバクいって止まらなくなる。
 今も早鐘のように胸を叩いているのに!

「私は嬉しいよ、エドに名前を呼ばれると嬉しい」
  
 とても。
 とても優しい声が頭上から囁かれそろそろっと顔を上げた。
 そこには声と同じ優しい微笑みを見せているロイの顔があって・・・・。
 
 さっきの笑顔よりも優しくて温かい。
 
 エドワードは泣きたくなるほど嬉しくて知らず知らずのうちにロイへ微笑みかけていた。

「エド・・・・やっと笑ってくれたね」

 え?

「嬉しいよ」

 ひんやりと冷えた大きな手が頬を覆う。

「ロイ?」
「もう普通に名前も呼べるね」

 ロイが屈み整った顔が近づく。
 心臓が先ほどよりも煩くて・・・・。

「私は」

 エドワードの額へ唇を落として。

「初めてキミを」

 頬へ口付けて。

「見た時から」

 鼻先へ口付けて。

「囚われた」

 瞼へ口付けて。

「この金色の瞳と」

 親指でエドワードの唇をなぞり。

「エド自身に・・・・心を奪われたよ」
「ロ・・・・イ・・・・」
「私のものになってくれないか。エド」

 言葉と同時に唇へロイのそれが触れた。
 触れるだけの口付け。
 まるでスローモーションのような動きにエドワードは戸惑いを隠せなかった。

 な、何を言って。
 オレがロイのものに?
 それってどういう・・・・。

「エド」
「ロイのものにって・・・・どういうこと・・・・」
「こういうことだよ」

 今度は唇の弾力が伝わってきた。

 温かくて柔らかい。
 
 うっとりと瞼を閉じながら両手をロイの手に添えた。
 心臓も煩いし顔、ううん、体全体が熱い。

 けれど。

 嫌じゃない。

 それよりも。

 嬉しいとさえ思う。
 
 離れたロイを追うように瞼を開けるエドワードの視界に入ってきたのは答えを待つロイの顔で。

「エド」
「オレ一年前からロイをみたら、ロイのことを考えたら胸が苦しくて痛くて・・・・考えることを拒否しようにも出来なくて・・・・」

 ギュっとロイの両手を握り締める。

「今も・・・・苦しいか?」
「ううん、今はとても温かい。ロイの傍にいることがとても嬉しい」
「エド」
「あの気持ちってロイのことが好きってことだったんだな」

 本当に嬉しそうに微笑むエドワードにロイは微笑み返して。

「わからなかったのか」
「うん、わからなかった。こんな気持ち初めてだったから・・・・」
「エドワード」
「ロイが好きだよ」
 
 そっとロイの手の平へ口付けて。

「オレをロイのものにして」

 潤んだ金色の瞳をロイへ向ける。

「エド・・・・後悔しないか」
「しない、反対にロイが後悔するかもしれない」
「何故」
「だってオレ・・・・」

 視線を機械鎧の右腕へ向けるエドワードに苦笑して。

「私はエドワードの全てを愛している。もちろんこの機械鎧も」

 エドワードの右手を優しく握り締め口付ける。

「だからエドワードの全てを私にくれないか」
「うん、あげるからオレもロイの全てが欲しい」

 そして。

 約束という名のキスをすると同時に二人の想いを幸福するように温かい夜風が街を通り抜けていった。





   − END −



   04/01/29UP






 初めてのロイエド話がかなり長くなり申し訳ありません。
 草凪自身驚きました(^^;)しかも終わってみるとかなり甘々!ってわかっていたことなのですが(苦笑)
 てなわけで今後この二人のラブラブを書いていきたいと思っております。喧嘩したり甘えたりなどなど。
 二人を温かい目で見守ってやってください。