□ 見えない発信機 Y □










 朝起きて真っ直ぐにロイの元へ駆け寄れば―………哀感の笑み。










 なにがそんなに悲しいの?

 話しをているときも。
 本を読んでいるときも。
 庭で遊んでいるときも。
 ロイお兄ちゃんは昨日のように笑ってはくれなかった。
 ううん。
 笑ってはくれる。

 でもね。

 とても………いたいの……。

 オレの胸がキュウゥ〜としめつけていたくて泣きたくなるの。

 どうしたら元気になるのかな?

 ぷち、ぷち、と庭の花を摘みながらエドワードは一生懸命考えた。
 けれど。
 中々思いつかなくて気がつけば。

「エドワード、まだ花を摘むのかい?」

 いつの間にか背後に立っていたロイに言われ、周囲を見渡せば綺麗に咲き誇っていた花は茎だけになっていた。

「あっ!」

 両腕に視線を落とせばいっぱいの花。

 金の瞳を潤ませ、花に顔を埋めて。

「ご、ごめんなさい」
「気にすることはないよ。花たちはエドワードに摘んでもらって喜んでいるから」

 エドワードの頭を撫で宥めるロイを少しだけ顔を上げた。
 優しい笑顔。
 でも。

 いたい………。

 ズキズキと痛む胸をエドワードはロイに心配をかけまいとし笑顔で隠した。

「その花を花瓶に生けてもらおう」

 ロイに促されてエドワードは庭を後にした。
 リビングに入るや否やメイドが二人を出迎えて。
 
「ロイ様、ヒューズ様からお電話です」
「わかった。ああ、君、この花をいけてくれないか。あとエドワードに飲み物を」
「畏まりました」
「エドワード、ここで待っててくれ。直ぐに戻る」
「うん」

 メイドに花を手渡し、ロイはリビングを後にした。
 エドワードは気が抜けたのかその場に座り込み顔を俯けて。

 あんなにイタイ笑顔、もう見たくないよ。

 金の瞳を潤ませた。
 そこへ。

「おや、そこにいるのは愛娘のエドじゃないか」

 エドワードが勢いよく顔を上げるとそこには父―ホーエンハイムとその親友でロイの父親―キングが立っていた。

「父さん」
「どうした?何か悲しいことがあったのか」

 悲しいこと………。

 ホーエンハイムの言葉にエドワードは素直に頷いた。
 キングとホーエンハイムは互いを見合い、エドワードに視線を合わせる為その場に座り込んだ。

「何があった?」
「ロイお兄ちゃんが」
「ロイが?」
「イタイ笑顔を見せるの」
「痛い笑顔」

 エドワードの言葉にキングは首を傾げた。
 ホーエンハイムは思いつくことがあるのか「いつから」と尋ねる。

「今日の朝から」
「そうか」
「ね、父さん。オレはどうしたらいい」
「そうだね。どうしようか」

 ホーエンハイムはエドワードを抱き上げ膝に乗せて苦笑を漏らす。

 こればかりはロイ君本人が解決しなければいけないことだからな。
 僕たちが口を挟むのは、ね。

 さてどうしたものかと瞳を潤ませるエドワードを慰めながら思案していると。

「ホーエンハイム」

 真摯な顔でホーエンハイムを見詰めて。

「ん、なんだ?キング」
「話がみえん」
「おお!そうか。それはすまない。実はね」

 ホーエンハイムは昨夜のやり取りを話した。

「本当にキミ達は親子だね。恋愛思考も同じとは思いもしなかったよ」
「私もだ」

 困ったものだとキングが唸る。

「父さん」
「ああ、エド泣かないで。綺麗なおめめがはれてしまうよ」

 優しく頭を撫で眦に口唇を落とす。
 くすぐったいのか笑みを漏らしたエドワードにホーエンハイムは少なからず安堵した。

 エドは泣き顔よりは笑顔が一番だ。

「しかし、こんな小さな子に心配させるとはロイの奴め。男が廃る」
「そういうな。ロイ君も必死なんだよ。実際、キミもそうだったじゃないか」
「っぐ」
「キングが悩んでいる間、ずっとスロウスも辛い思いをしていた」
「そ、それは」
「血筋だな〜」
「ホーエンハイム!」
「ハハハ、いいじゃないか。エドのことを一生懸命考えてくれている証だよ。ただ、周囲が見えなくなるのが難点だが」
「し、仕方なかろう。どうすればいいのかわからないのだから」
「不器用だな」
「五月蝿い!」

 噛み付くキングにホーエンハイムは笑って受け流す。

「父さん」
「ん」
「オレはどうすればいい?」

 オレにできることがある?と健気なエドワードにホーエンハイムは微笑して。

「ロイ君の悩みは僕たちにどうこうできることではないんだよ」
「ないの?」
「彼自身が答えを出さなければいけないことだからね」

 シュンと塞ぎ込むエドワードにホーエンハイムは頭を撫でて宥めることしか出来なかった。

 今のエドにロイ君の心情を説明しても理解はできないだろう。

「なに心配することはないぞ!エドワードちゃん」

 親子揃って暗くなった二人にキングは明るく言った。

「え?」
「エドワードちゃんはロイが好きかい?」
「う、うん!好き!!」

 身を乗り出し、頬を染めて答えるエドワードにキングは何回も嬉しそうに頷いて。

「どういうところが好きなのかな?」
「ええっと………温かいの」
「温かい?ロイが?」
「うん!最初に会った時はとても寂しそうな人だと思ったの。でもね、抱きしめてもらうととても温かくて気持ちがよかったの」
「ほう」
「また、最初に出会った頃のように優しい笑顔を見せて欲しい」
「エドワードちゃん」
 
 ギュと服の裾を両手で握り締めて。

「もう、見せてはくれないのかな」
「そんなことはないさ」
「でも」
「大丈夫、今のロイは自分のことで必死なんだ。周囲まで気を回すことができないんだよ」
「そんなに難しいの」
「ああ、ロイにとってはね」

 ウィンクをしてキングが告げればエドワードはそっかと呟いて。

「はやく答えが見つかるといいね」

 笑顔で答えたエドワードの頭を撫でながらキングは口を開いた。

「そうだね。それはそうとエドワードちゃん」
「ん?」
「童顔は嫌いかね」
「へ?」

 キングの言わんとしていることがわからなくてエドワードは首を傾げた。

「ああ、言い方が悪かったね。三十代に見える男と三十代なのに二十代に見える男、どちらがいい?」
「ええっと………」

 そういえば若く見えたら得って母さんが言っていたな。

「三十代なのに二十代に見える男」
「おお!そうか!!これでロイも安泰だな」
「?………どういうこと」
「ロイはいくつに見える?」
「ん〜っと………十六?」
「ロイは二十だよ」
「そうなの」
「そうなんだ。ロイは私に似て童顔でね。三十代になっても二十代前半に見られることだろう。つまり!若々しいエドワードちゃんを満足できる体力とテク」
「はい!そこまでだ!!!」

 スパコーンとキングの頭をスリッパで叩かれた。

「痛いではないか。ホーエンハイム!」
「お前はまだ六歳のエドに何を言うつもりだった!!」
「なにってナニ」
「アホか!!!」

 パコーンと再度ホーエンハイムによってキングはスリッパで叩かれた。
 そんな漫才のような二人を横目にエドワードはロイがいまだに戻ってこないことが気になり、腰を上げリビングを後にした。





 二階に上がりロイの部屋の前に立ち、静かに扉を開いた。





「ああ、そうだ。その書類は私が出勤してから」

 まだ電話中なんだ。

 ここからではロイの姿は見えないが難しい言葉が途切れることなく発せられている。

 忙しそう………。
 早く、終わらないかな。
 イタイ笑顔は苦しいけど、傍に居てくれない方がもっと苦しい。

「そうだな。明後日には出勤する。エドワードも帰るし」


 え?


「若い婚約者が出来て羨ましいってハボックが?そうでもないさ。頭を痛めているよ」


 いためる?


「私があの子に本気にはなれないのは目に見えているからな。どうやって断ろうかと」


 ことわる?


「ああ、そうだな。エドワードが私を嫌ってくれたら万々歳だ」


 きらう?
 オレが?
 ロイお兄ちゃんを?


「私の悩みも解消する」


 っつ?!!



 一瞬にして真っ暗になった。



 ロイお兄ちゃんは何て言った?


『悩みが解消する』


 どうすれば。


『エドワードが私を嫌ってくれたら』


 オレがロイお兄ちゃんを悩ませていたの?
 あのイタイ笑顔はオレの所為?
 オレの………。


 ゆっくりとエドワードは扉から離れ危なっかしい足で段差のところまで後退り。

「エドワード様!危ない!!」

 メイドの掛け声と同時にエドワードは階段から落ちた。

 ズダダダダダン。

「エドワード様!!!」

 メイドが階段を駆け上りエドワードを抱きとめた。
 その騒ぎにリビングからキングとホーエンハイム。
 そして。
 ロイは自室から姿を見せた。

「エド!」
「エドワードちゃん!」

 踊り場で受け止めてくれたメイドがホーエンハイムにエドワードを手渡し医者を手配する為、階段を駆け下りていった。

「エド、エド」
「余り揺さぶるな。頭を打っているかもしれん」
「あ、ああ」
「っっ、つ」
「エド」

 薄っすらと目蓋を上げたエドワードの視界に入ったのは金の髪。

「と……さん」
「そうだよ」

 ゆっくりと反対側に視線を向ければそこにはロイが心配そうにエドワードを見詰めていた。
 エドワードは一瞬にして体を震わせロイから顔を逸らした。

「エド?」

 顔を真っ青にして無言で震えるエドワードにホーエンハイムは怪訝な顔を見せた。

「ホーエンハイム、部屋を用意したからそこへエドワードちゃんを寝かせなさい」
「ああ」

 振動に気をつけてホーエンハイムは二階の奥部屋に足を向けた。
 その背を見送りキングはロイに視線を向けた。

「エドワードちゃんに何を言った?」
「なにも」
「では何故お前を避けた?」

 ロイに視線を向けるや否や怯えるように避けたエドワード。

 まさか、あの会話を聞かれていたのでは………。

「心あたりがあるようだな」
「っつ」
「言ったはずだ。エドワードちゃんを泣かすなと」

 怒気の入った眼差しでロイを見詰めた。

「お前のことばかりを気にしていたあの子を傷つけるとは」
「?………私を」
「笑顔が痛いと言っていたよ。どうしたら最初に出会った頃のように笑ってくれるのかと悩んでいた」
「!」

 目を見開くロイを一瞥し、キングは一階に下りていった。
 ギュと両手を握り締め、ロイはその場に佇んだ。

 数時間後。
 医者に見てもらったところ頭を打った形跡はない。
 ただ、右肩を強く打ったので二ヶ月は安静にとのことだった。










 それから二日後のセントラル駅。

「どうしても帰るのか」
「ああ、エドが帰りたいと言ってね」

 ホーエンハイムは腕の中で眠っているエドワードに視線を落とし言葉を紡いだ。

「すまない」
「キング?」
「息子が原因だ」
「………」
「ロイの気持ちもわかる。だが、言ってはいけない言葉をエドワードちゃんに」
「憶測でものを言うな」
「しかし」
「お前の言うとおりロイ君が原因だとすれば彼は今頃己の失態に心を痛めていることだろう」
「ホーエンハイム」
「ロイ君は優しいからね。そこまで思い詰めなくてもいいというところまで己を攻め続ける」

 それが心配だと言うホーエンハイムにキングは何も言わなかった。

「そろそろ時間だ」
「気をつけて」
「ああ、世話になったな」
「また、遊びに来い」
「そのうちな」

 列車に乗り込むホーエンハイムに。

「エドワードちゃんが目覚めたら連絡を」
「わかっている」

 発車のベルとともにゆっくりと汽車が動き出した。

「トリシャにもすまないと」

 汽車とともに走り出したキングにホーエンハイムは笑顔で答えた。

 気にするなと………。



 そうして。

 長いようで短い一週間の滞在は終わりを告げた。 


 同時に。


 エドワードの記憶からも……………喪失した。





   第一章終了



   05/02/22UP