□ 見えない発信機 X □










 一晩ぐっすりと寝たエドワードはロイの腕を引っ張り外に連れ出た。

「ロイお兄ちゃん早く、早く!」

 赤いコートを翻しエドワードは白銀の世界を走り回る。

「エドワード、余りはしゃぎすぎると危ないよ」
「大丈夫だよ」

 と、いっている傍からエドワードは前からきた女性にぶつかり尻餅をついた。

「ほら、言っている傍から」

 ロイはエドワードに駆け寄り、抱き上げると頭上から艶かしい声が降り注がれた。

「あら、マスタングさんじゃありません」

 見上げると見知った顔があり、エドワードがぶつかった所を片手で払っている。

「これはこれは、ミス・マーシャお久しぶりです」
「本当に。近頃は声をかけてくださらなくて寂しかったのよ」
「それは申し訳ありません。なにぶん仕事が忙しかったものですから」
「じゃ今からその埋め合わせをしてくださらない」
「え」
「見た所、今日は非番らしいし」

 紺のネックセーターにジーパン、黒のロングコートを着ているロイの姿を見てマーシャは薄っすらと笑みを浮かべる。

 ロイは胸中で嘆息して。

「申し訳ありません。今日はこの子と予定が入っておりまして」
「この子と?マスタングさんが?冗談はよしてよ」

 エドワードに視線を向けながら言うとマーシャは嘲笑うかのように言い放った。
 そんな彼女にエドワードはギュっとロイの服を掴み肩口に顔を埋め体を震わせた。

「エドワード」

 宥めるようにロイは背中を摩りエドワードの耳元に優しく名を紡ぐ。
 そんなロイの姿にマーシャは片眉を上げて。

「マスタングさん、あなた………まさかとは思うけれど子供にまで手を出したの?だから呼び出がなかったのかしら?」

 ちょっとした冗談の言葉にいち早く反応したのはエドワードだった。
 ガバリと顔を上げマーシャの方へ顔を向けた。
 先ほどとは一変し、ロイを誘うというよりも馬鹿にした面持ちを見せたマーシャがいた。 

 なんで?
 なんでそんな顔でロイお兄ちゃんを見るの?
 オレがロイお兄ちゃんと一緒にいたら可笑しいの?

 ロイはマーシャの冗談を見通しているのか苦笑を漏らすだけ。
 それがエドワードの不安を増した。

「・・・・・・して」
「エドワード?」
「おろして・・・・ロイお兄ちゃん」

 真っ青な顔と震える声で言うエドワードにロイは慌てた。

「どうした?気分が悪いのかい?」

 ロイの問いにエドワードは頭を左右に振り、下ろしてと呟く。
 しかし。
 蒼白な顔をしたエドワードを下ろすわけもいかずロイは困惑した。
 そんな二人を見かねてマーシャが嘆息し。

「マスタングさん。下ろして差し上げたら?」
「………いえ、邸に戻ります。エドワード、帰ろう」
「ロイお兄ちゃん………」

 困惑な面持ちでエドワードはロイとマーシャを交互に見詰めた。

 帰る?
 いいの?
 このまま一緒に帰っても本当にいいの?

 恐々とロイを見詰めるエドワードを宥めるように背中を摩り笑顔を向けた。

「ロイ、貴方とにってその子はとても大切なの?」
「ミス・マーシャ、貴方には関係ないことです」
「!」
「それと子供の前で言っていいことと悪いことがあります。それでは失礼します」

 踵を返しロイは真っ直ぐに邸へ足を向けた。
 エドワードはロイの肩口から後ろに視線を向ける。
 そこには鬼のような形相で見送るマーシャの顔があった。

「ロイお兄ちゃん」
「ん?」
「本当にこのまま帰ってもいいの?」
「ああ、もちろんだよ」
「でも……」
「彼女のことを気にする必要はない」
「………う……ん……」

 気にするなと言われてもエドワードは彼女の顔を脳裏から忙殺することは出来なかった。

 もしかしてこれからもこういうことがあるのかな?
 ロイお兄ちゃんが……オレが傍にいることで何か言われることが………。

 そっとロイを見詰めれば穏やかないつもの顔。

 でも。

 どこか冷たい………。

 温かいのに………冷たいなんて………おかしいけど………。

 おかしいけど………。

 エドワードはロイの服をギュっと握り締め肩に顔を埋めた。








 邸に帰り着いた二人を向かえたのは執事だった。

「お帰りなさいませ」
「父上は?」
「リビングにいらっしゃいます」
「そうか」

 ロイはエドワードを片腕にリビングへ足を向けた。
 いつも賑やかなリビングが静まりかえっていた。

「静かだね」
「そうだな」

 エドワードの言葉に頷き、ロイはリビングのドアをそっと開ければ、キングとホーエンハイムが真剣な面持ちでチェス盤を見詰めていた。

「真剣だね」

 ボソッと呟くエドワードの返答に頷くや否や部屋からキングの叫びが轟いた。

「くそーーーーー!ホーエンハイム、もう一度だ!!」

「負けたな」
「キングおじちゃんが?」
「そうだよ」
「弱いの?」
「いいや、かなり強いとは聞いているよ」
「聞いている?」
「チェスで勝負をしたことはないからね」

 キングとはゲームで張り合ったことは無かった。
 どちらかといえば体術で腕をまじあうことが多かったからだ。

『錬金術だけに頼ってはいかん!男は筋肉だ!!!』

 と、キングが豪語していたからである。

 リビングのドアを閉めてロイは二階の自室へと足を向けた。
  
「誰とも?」
「え、いや、ヒューズとはよくやるよ」
「ヒューズって眼鏡をかけたお兄さん?」
「そうだよ」

 顔を見た途端、キミが泣いた奴だよ。

「そっか。じゃどっちも戦略が得意なんだ」
「?」
「父さんが言ってた。チェスの好きな人は戦略が得意なんだって」

 先の先を読むから、と付け足しながら笑顔で答えるエドワードにロイは一瞬、目を瞠った。

「だからオレは毎日父さんと一緒に日々鍛練しているんだ」
「エドワードは将来なにになるんだい?」
「ロイお兄ちゃんのお嫁さん」
「お嫁さん以外で」
「以外で?」

 頭を傾げるエドワードにロイは視線を彷徨わせて。

「例えば……司書とか」
「司書って本の整理整頓をする人のことだよね」
「そうだ」
「じゃどんな本でも読めるんだ」
「もちろん」
「夢のような職だけど……やっぱりロイお兄ちゃんのお嫁さんになりたい」

 ニッコリと笑って言い切るエドワードにロイは少し眉間を寄せた。

 エドワード………。

「エドワードは本当に私のお嫁さんになりたいのかい?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「……………」
「?………ロイお兄ちゃん?」

 苦しそうな面持ちで問いかけるロイにエドワードは怪訝そうな面持ちでそっとロイの頬に手を添えた。

「どうしたの?オレがロイお兄ちゃんの嫁になると何かいけないことがあるの?」
「今はないけど」
「けど?」

 自室のドアを開け、ソファにエドワードを座らせロイは目の前に跪き真っ直ぐにエドワードの瞳を見詰めた。

「ロイお兄ちゃん」
「エドワード、私はね『愛』というものを知らないんだ」
「愛?」
「そう、愛だ。結婚するからには大好きな人と一緒に居たいだろう」
「うん」
「その大好きな人をどうやって見比べると思う?」
「ん〜〜〜わかんない」
「私もわからない。エドワードは私の婚約者だけどもし、もしだよ。私以上に好きな人が出来たらどうする?」
「ロイお兄ちゃん以上の好きな人?」

 ロイは頷いて。

「私以上に好きな人が出来たにも拘らず私と結婚すればエドワード、キミは苦しむことになるだろう」
「苦しむの?」
「ああ、とても好きな人とは結婚できないからね」
「そんなの嫌だ」
「私も嫌だよ。だから約束をしよう」
「約束?」
「そうだ。もしエドワードに心から大切な人が出来た時は必ず私に言って欲しい」
「言ったらどうなるの?」
「婚約を破棄する」
「はきって?」
「無かったことにするんだよ」
「!」

 大きな金の瞳が零れ落ちるぐらいに見開くエドワードにロイは儚い笑みを漏らした。

「もちろん、私も心から好きな人が出来たらエドワードに言う」
「その時も婚約破棄?」
「そうだ」
「破棄をしたらもう………ロイお兄ちゃんと会えないの?」
「そうなるね」

 ズキン!

 躊躇いもなく返事をするロイを目の前にエドワードの胸に痛みが走った。

「イ……タ…イ」
「え?」
「胸が痛い……」
「エドワード?!」

 両手で胸を押さえ上半身を屈めるエドワードを呼び続けるロイの言葉で更に痛みが増していった。

 なんで?
 どうして?
 ロイお兄ちゃんの声が刃物になったようだ。
 オレの胸を突き刺す。

 どうして?

 どうして?

 眦に涙を浮かべエドワードは疑問を胸中に抱きながら痛みに耐え切れず意識を手放した。

 悲しいほどに痛むコレはナニ?
 オレ病気なの?
 ね、誰か教えて。

 誰か………ロイお兄ちゃん………。





 ゆっくりと……………。

 目蓋を上げて視界に入ったものは初めて出会ったロイの姿だった。

『ロイお兄ちゃん』

 そうだ。
 綺麗なお姉さんに囲まれて微笑んでいたロイお兄ちゃんだ。

 でも。

 どこか寂しげで……悲しげで………。

 寒いのかと思って、自分が眠いのもあって膝に乗って抱きついた。

 すると。

 身体は冷えているわけではなかった。

 とても。

 とても温かい。
 まるでお日様と同じぐらい温かくて………気持ちよかった。
 父さんと母さんの温もりも好きだけど、ロイお兄ちゃんの温もりは格別だった。
 優しい腕に心地よい心音。
 とても気持ちがよかった。


『婚約は破棄』


 ズキン!


 この言葉は何故かとても痛い………。
 ロイお兄ちゃんの言葉が刃になるから……聞きたくない。
 ね、なんでこんなことを言うの?
 この言葉はとても痛いんだよ。
 ロイお兄ちゃんは何も感じないの?
 痛くないの。
 ね、答えて。
 そんな辛そうな笑みを見せないで答えて。

 痛くないの?

 ロイお兄ちゃん。





「………て、ロイ……お…にいち…ゃん」
「エドワード、エドワード!」

 自分を呼ぶエドワードの小さな手を両手で握り締めてロイはベットに横たわるエドワードの名を呼んだ。
 すると。
 薄っすらと目蓋を上げたエドワードが微かに笑みを漏らした。

「ロイ………おにいちゃ………」
「ここにいるよ」

 優しい声にエドワードは心から安堵し、ゆっくりと口を開いた。

「ロイお兄ちゃんは温かい………」
「エドワード?」
「お日様のように」
「………」
「その温もりを手放したく…な……」
「エド………」

 次に聞こえてきたのはエドワードの寝息だった。

 寝言?

「ははは、エドは一途だな〜」
「師匠!」

 突然、背後から現れたホーエンハイムにロイは一瞬、心臓が止まった。

「声がでかいよ」
「あ、すみません」
「エドは泣いたのかい?」

 眦から零れ落ちる涙を指で拭いながらロイに問う。

「はい、私が泣かせてしまいました」
「ロイ君」
「はい」
「エドワードに何を言っても無理だよ」
「?」
「キミはまだ愛を知らない。けれど、エドはもう知っている」
「!」
「ロイ君、キミと出会ったあの瞬間から」
「え!」

 驚愕に目を見開くロイにホーエンハイムはエドワードの髪を指で梳きながら微笑んだ。

「エド自身はまだ気づいてはいないだろうけど」
「ではそのまま気づかさないでください」
「ロイ君」
「私のように人を愛しむことを知らない相手よりもエドを心から愛してくれる人に」
「それはエドが決めることだよ」
「しかし!」
「昨夜も言ったとは思うが、まだ答えを出すには早い」
「………」
「ロイ君、何も今直ぐに結婚しろとは言ってはいないのだよ」
「私には……エドワードを受け止めることなどできません」

 恋愛など………私には無用の産物だ。

「やれやれ、本当にキミはキングとよく似ている」
「?」
「そして恋愛に対しての思いも同じときている」
「??」
「自覚した時のキミを見るのが今から楽しみだ」
「なんのことですか?」
「内緒だよ」
「???」

 訳がわからないとばかりに首を傾げるロイに胸中で苦笑して。

「ま、とりあえずだ。エドの気持ちは決っている。後はキミが答えを出すだけだ」
「………」
「本当に愛せないなら断ればいい。しかし、今断るのは早すぎる」
「でしたらいつならいいんですか?」
「そうだね。ロイ君が心から人を好きになった時を期限としよう。エド以外の女性に心を奪われたのならそれでよし」
「そ、それでは」
「エドは傷つくだろうね」
「わかっているなら」

 まだ、傷が浅い内に解消した方がいいじゃないか!

「それでもエドの初恋だから」
「師匠……」
「可愛い愛娘の恋を応援するのは親として当然だろう」

 ホーエンハイムはエドワードの額に口付けた。

「だからキミも自分の心と向き合いなさい。でないと本気になったエドに失礼だよ」
「………はい」

 ロイはエドワードの寝顔を眺めながら返事をした。





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   04/08/22UP