□ 見えない発信機 U−Z □










 エドワードと昼食を摂って、定時に仕事が終えたロイは重い足取りでマーナの店に向かっていた。

「一体、私は何をしているんだろ」

 小さな声で呟きを漏らし、ロイは赤く染まった空を見上げた。
 
 会わない方がいいと結論を出して、叔母さんの店に行かなくなったのに、エディに会っただけでそれは崩れ去った。
 なんて脆い決意だ。

「情けない」

 ほんっとーに、情けない。

「帰って欲しいという思いは本物だ」

 けれど。
 傍にいて欲しい気持ちもある。
 
「本当に情けない」

 彼女の幸せを願うならば。
 早く。
 一日でも早く。
 故郷に帰すべきだ。

 なのに。

 昼は自分のことを気にかけてくれたことが嬉しくて………。
 店に行くと約束した時に見せてくれたエディの笑顔。

「ああ」

 完敗だ。
 もう。
 キミが笑っていてくれるなら。
 悲しい顔をさせなくてすむのなら。
 私の想いなど二の次、三の次だ。

「守るよ。キミの心を」

 今度こそ。

 守るよ。










「で、その答えを出すまでに一ヶ月かかったってわけかい」

 カウンターの片隅で、ロイは赤ワインを注がれたグラスを片手に決意をマーナに話せば、呆れたといわんばかりに盛大な溜息を吐いた。

「そうです。一ヶ月、かかりました」
「遅いんだよ」

 ペシン、と頭を叩いて、グシャリ、と漆黒の髪を撫で回した。

「ちょ、叔母さん」
「罰だよ。たく、この一ヶ月、アンタも大変だったかもしれんが、こっちも大変だったんだぞ」
「何かあったのか?」
「あったあった。エドがね」
「エディが!」
「だーれかさんが、来ないものだから、自分の料理が不味かったんだとうちに謝り通して、その上、暗くなっていって」
「?!」
「ま、うちも毎日来ていたロイが来なくなったな〜と呟きはしたが」
「それを言わなければ、エディが落ち込むことは無かったのでは」
「ハハハハハ、そうかもしれないね〜」

 ニヤリ、と口の端を上げるマーナに、ロイは頭を抱えた。

「ワザと、ですか」

 その言葉にマーナは何も答えず、ただ笑ってグラスに赤ワインを注いだ。

「アンタが動かないとなれば、もう一人を動かすしかないだろ」
「叔母さん」
「暗いエドを見たくない、というのも本音だ」
「それは」
「うん。ま、いい方に転がってくれてよかったよ。アンタも吹っ切ってくれたし」

 ニヤニヤと笑うマーナに、ロイは視線を逸らしグラスを傾けた。

「ま、イーストにエドがいる間は向き合って上げな」
「そのつもりです」
「そうだよね〜。変な虫がついたら、アンタ、この街を燃やしそうだし〜」
「そんなこと」
「する、だろ」
「グッ」

 言い返せないロイにマーナは口を片手で塞ぎ、肩を震わせた。

「笑うなら声を上げて笑ってください」
「そんなことをしたら目立つだろ」

 客はまだ居るんだから、と店内を見回すマーナ。

「では、仕事に戻ってはいかがですか?先ほどから、エディがとても忙しそうですよ」
「気にするな。今、注文が入っているのはエド担当の料理ばかりだ」
「エド担当の?」
「そうだよ。軍の食堂の料理、評判いいだろう」
「ええ、容姿に似合わず、ともっぱらの噂ですよ」
「そうだろう、そうだろう。その料理とエドの料理の味付けが似てるとかでね。独身軍人が夕食を食べに来るんだよ」

 フフフ、と意味ありげに笑って。

「その料理を持っていくとね、エドに見惚れる輩がいたりするんだよ」

 これが、とマーナは本当に楽しそうに言い切った。
 それを耳にしたロイはクラリ、と眩暈がした。

「ああ、大丈夫だよ。不埒な輩にはうちが直に手を下しておいたから」

 爽やかな顔で怖いことを言わないでください!

 ロイは胸中で怒鳴りながらも、安堵した。

 叔母さんが直接手を下したというなら、その客はもうここには来ないだろ。

「でも、抜かったな〜」
「え?」
「こんなことなら、軍の食堂と同じく変装をさせれば良かった」
「そんなこと、少しも思ってもいない癖に」
「お、わかったか」
「わかります。軍では暴れ馬として有名な叔母さんですよ。ここぞとばかりに、発散をするに決まっている」
「当然だ。ここの所、身体が鈍っていてな。丁度いい運動だ」

 胸を張って言い切るマーナに。

「死人は出さないでくださいね」
「出すもんか。出たとしても、鍛錬が足りんのだろ」
「耳が痛いですね」
「そう思うなら、日々精進しな」
「はい」

 ロイが頷いた。
 その時。

「離せ!」

 エドワードの怒鳴り声が耳に入った。
 声の方に視線を向ければ、酔っ払った一般人の男二人がエドワードに絡んでいた。

「またか」

 舌打ちをしてマーナは、カウンターから出た。
  
「ちょ、離してください」
「いいじゃねーかよ。ちょっとぐらい」

 太い腕がエドワードの腰に伸びる。
 それをマーナが掴み取り。

「お客さん、エドは料理人なんだがね」

 グイ、とマーナが手前に引っ張れば、男は椅子から腰を浮かせ床に叩きつけられた。

「な、何をする」
「五月蝿い。ここは楽しく食事をするところだ。女に構って欲しければそういう店にいきな」
「ちょ、ちょっとぐらいいいだろ!」
「そうだそうだ。他の店のねーちゃんは相手をしてくれるぞ」
「他所は他所。うちはうちだ!うちが駄目だと言ったら駄目なんだよ!!」
「ち、うるせーババァだぜ」

 その言葉にマーナはこめかみに青筋をたてた。

「五月蝿いババァだって〜〜〜」

 指を鳴らしてマーナは男二人の胸倉を鷲掴み、引きずるように外に出るや否や放り投げた。

「いっつっ」
「いい覚悟だ。お前ら」

 ニヤリ、と残忍な笑みを見せて。

「うちに意見するとはね。どうやら、死にたいらしいな」
「な、何を言って!俺らを殺したらお前もただじゃ」
「たださ」
「!」
「元軍人のうちを舐めてもらっちゃ困るね。証拠隠滅ぐらい朝飯前だ」

 ククク、と喉元で笑うマーナに男二人は顔を真っ青にして。

「ほ、ほほほ、本気じゃねーよ、な」

 座り込みながら後退した。

「本気も本気さ。どうせ他の店でも客だからと威張って迷惑を掛け捲っていたんじゃないのかい」
「そ、そんなことは」
「その通りだ!」

 男の言葉を遮ったのは、マーナの斜め前の店主で、白髪と髭を持つ老人が怒りを露に立っていた。

「お前たちにはほとほと困っていたんじゃ!マーナさん!やっちまってください。証拠隠滅結構。ワシャ何も見てない」
「な?!」
「そうだそうだ。俺の店でも好き放題やられたんだ」
「私もだよ」
「ツケを払いやがれ!」

 何所から現れたのか。
 怒りを露にした店主たちが胸の前で両腕を組んで、男二人の周りを囲んでいた。
 その後ろでは客が何事だと、見物にわらわらと出てくる始末。

「やれやれ、アンタ等、こんなにも迷惑をかけていたのかい」

 弁解の余地がないね〜、と呆れてマーナが言えば、ヒッと男二人は喉を引きつらせ、身体がガタガタと震えだした。

 なんとも情けない姿にマーナは世も末だと胸中で思いながら、!マークを頭上に上げてひょんと眉を上げた。

 そうだ。
 いいことを思いついた。

 ニヤリ、と悪戯っ子のような笑みを見せて、マーナは口を開いた。

「そうそう、言い忘れていたけどね」

 一歩、男二人に歩み寄って。

「エドにはね。婚約者がいるんだよ」
「こ、こんやくしゃ」
「そうだよ。お前たちも聞いたことはあるだろ。軍人であり」
「ぐ、ぐぐぐぐ、軍人!!」
「そうだよ。しかも、国家錬金術師。そうだね、確か銘は………」

 考える素振りをして、マーナは身体を横に向けて視線だけを店に向けた。
 店の入り口付近にエドワードとロイの姿があることを確認してから、男二人に向き直って。

「焔だったかな」
「!………ほ、焔ってま、まさか!!」
「おや、知っているのかい」
「し、知っているも何も、隣国との戦争をその焔でもって終戦にしたという英雄じゃねーか!」
「おやおや、有名人だね〜」
「有名も有名だろ!東方司令部の司令官であるロイ・マスタング准将は!!」
「名前も知っているとは、本当にあの子も有名になったもんだ」

 カラカラカラ、と笑いながら振り返れば、ロイは驚愕に目を見開き、エドワードはロイとマーナを交互に見て困惑を露にしていた。

 こんなにも大勢の人がいる場で言えば、ロイ坊といえど否定などできないだろう。

 マーナは男二人に視線を向けて。

「と、いうことで、エドに手を出してみな、マスタング准将の焔で焼かれちまうよ」
「ヒッ!」
「骨も残らないだろうね。ああ、丁度いいね。証拠隠滅だ。早速やってもらおうか」
「ひえ?!」
「本人がいることだし」

 と、マーナは顔を後ろに向けた。
 男二人も釣られて視線を向ければ、漆黒の髪と瞳、青い軍服を着た男が立っていた。

「あ、あ、あ」
「どうした?ああ、顔を見たことが無かったのか。じゃ焔を見せてもらって」
「い、いいいいいいいいいい、いいです!!!顔は知ってます!!!」
「知っているのかい。それは残念だね」

 本当に残念そうに言って、マーナは男二人の胸倉を両手で掴み高々と頭上に上げて。

「助けて欲しいかい?」
「「は、ははははははははははははははは、はいぃ!」」
「ん?聞こえないな」
「「た、助けて欲しいです!!」」 
「ほう、アンタ達がやらかしたことを横に置いて命拾いとは図々しいね」
「「ヒッ、す、すみません〜〜〜」」
「聞こえないね」
「「ごめんなさい。ツケは払います。もうここには来ません!!」」
「その言葉、忘れるんじゃないよ。では、早速払ってもらおうか。うちの食事代と」
「私の店のツケを払いな」
「俺の所もだ!」

 数枚のツケの伝票を握った店主たちが、男二人に怒気を含んで迫りまくった。


 そうして。


 身包みを剥がされる、とはこのことだろう。
 男二人は金銭はもちろん、服、靴など全てを剥がされて、今はパンツ一枚の姿だ。

「おや、似合うじゃないか」

 高らかに笑って、マーナは男二人に顔を寄せ、すうっと目を眇めた。

「殺さないでおいたんだ。ここには二度と来るな。もし、アンタ等の姿を見かけたら」

 殺す、と冷酷な声で囁いた。
 男二人は蒼白な顔で何度も頷き、逃げるようにその場を後にした。

「いや〜〜〜いい仕事をしたね〜〜〜」
「マーナさん、有難う!」
「流石だね」
「助かったよ」

 それぞれの店主と客から賛辞を送られる中、ロイは怒りに打ち震えながらマーナに歩み寄った。

「叔母さん!」
「なんだい。ロイ坊」
「なんだいじゃありません。どうして」
「お!マスタング准将じゃねーか。婚約おめでとう!」

 ロイの言葉を遮ったのは店主たちだ。
 おめでとう、おめでとう、と口々に祝いの言葉にロイは戸惑った。
 それを横目に、マーナはニタリ、と笑って。

「これで、撤回はできねーな」
「叔母さん!!」
「あんな美人を捕まえて、ニクイ男だよ」
「そうだ、そうだ」

 マーナの言葉に店主や客がうんうんと力強く頷いた。

「エドちゃんに目をつけるとは、さっすがマスタング准将!」
「おう!今夜は祝いだよ!!」
「祝いだ!祝いだ!!」

 ロイを中心に盛り上がり出した周囲にマーナは楽しそうに笑って、エドワードに歩み寄った。

「あ、あの、マーナさん」
「すまないね。嫌だったかい?」
「い、いえ、その、オレ」
「この一ヶ月、アンタは色んな男から誘われていたからね。その防止をと思ったんだが」
「防止、ですか」

 ちょっと肩を落としたエドワードにマーナはひょんと眉を上げ、口の端を上げて。

「モノにしたかったらしな」
「!」

 そっと耳元に囁いた。

「なななななな!」

 ボン、と顔を真っ赤に染めてうろたえるエドワードにマーナは面白そうに笑う。

「な!冗談で」

 笑ったことで冗談と思ったエドワードが怒鳴る。

「冗談じゃないよ。うちは本気だ」
「!」
「ロイ坊が気になるんだろ」
「っつ」

 マーナの言葉に、エドワードは言葉を詰まらせた。

 確かに。
 この一ヶ月。
 ロイが来ないことを気にしていた所為か。
 いつの間にか、目は黒を探している自分がいた。

 彼に会ったら歓喜と悲観で胸が苦しくなるというのに―………。
 それでも、会いたかった。

 理由なんてわからない。
 わからないけど。
 会いたかった。
 本当は料理なんてどうでも良かった。
 自分が気に食わないから来なかったんだと思い始めていて、それがとても辛くて苦しくて。
 この思いななんなのか。
 自問自答しても答えは出なくて。
 ただただ。
 会いたかった。

「いたいんだろ」
「え?」
「ロイ坊の傍に」
「!」
「いたいんだろ」

 その言葉に、エドワードは胸元で両手を握り締めて、小さく頷いた。

「だったら、今回のことをきっかけにすればいい」
「で、でも」
「ん?」
「准将が………」

 迷惑じゃ、と店主たちや客などに囲まれたロイに、不安な顔を向けれるエドワードにマーナは高らかに笑って。

「それはないない」
「え?でも、さっきは凄く怒って」
「そうだったか?」
「怒っていなかった?」
「怒っていなかったぞ」
「そ、そっか」

 ほっと安堵するエドワードを横目にマーナは金の髪を撫で回した。

 やれやれ。
 どうやら、相思相愛らしいけど………。

 マーナはロイに視線を向ける。
 否定を口にしているが、酒が入っている連中は聞く耳を持たないようで騒ぎ声を上げて聞き流していた。

「………見苦しいね」

 ロイ坊こそが、心身ともに鍛えなおさないといけないのかもしれない。

 マーナは盛大な溜息を吐いた。



 そうして。

 繁華街は深夜になっても灯かりは消えず、飲めや歌えやの騒ぎであった。


 翌日。


 東方司令部の噂は塗り替えるように、ロイ・マスタング准将の婚約者のことでもちっきりになった。

 それと、その日から。

 皆の目を盗み。
 昼の時間が過ぎた十四時頃に。
 ロイの執務室に薄汚い少年の訪問が日課となった。

 もちろん。

 このことを知る者は副官であるリザ・ホークアイのみである。





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   06/09/14UP