□ 見えない発信機 U−X □










「本日から、こちらで働くことになりました。エドワード・エルリックです。宜しくお願いします」

 場所は東方司令部の厨房。
 裏口から入ってきた小さな子供が、ペコリと頭を下げた。
 その間、三人のおばさん達は目を見張り、全員が盛大な溜息を吐いた。

「これはまた………」
「子羊、だね」
「ええ、子羊が狼の家に来たようなものだね〜」
「どうします?」

 茶髪と瞳を持つ小太りなおばさん。
 黒髪に茶の瞳を持つがっしりとしたおばさん。
 茶金の髪に青い瞳を持つ細身のおばさん。
 三人が困惑気味にエドワードを見つめた。
 突き刺すような視線を全身で感じ取りながら、エドワードは小さく首を傾げた。

 子羊?
 どういうことだ??

「エドワード、エドでいいかい?」
「は、はい」

 がっしりとしたおばさんが一歩前に出てエドワードの前に立った。

「わたしはロアン・パレット。この厨房の責任者だ。エルリック」
「は、はい」
「ここは軍だ」
「はい」
「男所帯であることは承知しているね」
「はい」
「じゃすまないが、服を着替えてくれないか」
「はい?」

 着替え?
 どうして??

 エドワードは思わず自分を見下ろした。
 ベージュの長袖のシャツにジーンズ。
 汚れてもいいような服装は一目見てわかる。
 その上にエプロンをして作業をすれば何の問題もないはず………。
 これのどこがおかしいのか?

 首を傾げるエドワードに、ロアンは目を眇める。

「別におかしくはない。その服装のままエプロンをしてもらって作業をしてくれたらいいが」

 が?

「胸が見える」
「………はい?」

 突然の言葉にエドワードは呆然とした。

「できれば、もう少し大きな服を、いや、胸の輪郭を見せない服を着てくれないか」
「は、はぁ」
「ロアン、繋ぎのジーンズを着せてはどうだい?」

 ロアンの後ろにいた細身の女性、ケイトが口を出す。

「そうだね。その方がいいな。後は髪も目立つ」

 その言葉に小太りな女性、キャシーが口を挟んだ。

「髪は布か何かで覆い隠せばいいだろ」
「ああ、それがいい」

 あとは。

 一歩寄って、ロアンはエドワードの顎に手を添え、クイと顔を上げさせた。

「顔だね」
「そうだね」
「こればかりはね〜」

 どうしようか、と三人がじっとエドワードの顔を見つめて深い溜息を吐いた。

「眼鏡はどうだい?」
「眼鏡、か」

 ポンと両手を叩きケイトが名案とばかりに言えば、ロアンは少し考えてから小さく頷いた。

「そうだね。いい案だな。じゃ早速用意をしようか」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 三人のおばちゃんがエドワードに着せる服を探しに行こうとするのを止めた。

「服装とか眼鏡とか何でそんなことをしなくっちゃいけないんですか!」
「ここが軍だから」

 ロアンが当たり前だろ、と言いたげに答えれば、エドワードは?マークを頭上に飛ばして。

「それがどうしたっていうんですか!」
「わからないのかい」

 エドワードの言葉にロアンは眉間に皺を寄せた。
 キャシーとケイトも困った顔をして、説明を任せたとロアンに言うや否や、厨房を出て行った。
 ロアンは簡易椅子に腰を下ろし、真っ直ぐにエドワードを見据えた。

「いいかい。エド。ここは軍で男所帯の場所だ」
「はい」
「そんな所に十代の若い女性が厨房にいると知れたら、色々と面倒なんだよ」
「面倒、ですか」
「そうだ。目をつけられて言い寄られるのはまだいい方だ。だが、馬鹿はいるもんでね」
「はぁ」
「ぶっちゃけ言いたい所だが………」

 口を濁すロアンにエドワードは口を開いた。

「言ってください」
「いいのかい?言って」
「構いません」
「じゃ言うが」
「はい」
「軍の男共は色んな意味での馬鹿が多くてね」
「は……い」
「気に入った女を目にすると、襲うんだよ」
「!」
「いや、犯す、と言い換えた方がいいかもしれないね。軍人は身体が資本だからな。鍛え方は並じゃない。そんな奴が上に乗りかかってみろ。一環の終わりだ」

 襲う?
 犯す?!
 そんな馬鹿なことがあるのか?!!

 顔を真っ青にするエドワードにロアンは苦笑した。

「エド、お前は目立つ。その金髪に金の瞳、白い肌にほっそりとした身体。そして極め付けが可愛い顔。無垢だということが全身で伝わってくる程の女子(おなご)だ」
「は、はぁ」
「そういう女子(おなご)を男は好むんだよ。汚してやろうとね」

 汚す………。

 その言葉にエドワードはゾクリ、と背筋に冷汗を伝わせ身体を振るわせた。

「保身の為に言っておくが、そんな馬鹿な軍人ばかりじゃない」

 そ、そうだよな。
 じゃないと足長さんまで変体になっちまう。

 少しだけ、エドワードは安堵した。

「辞めたくなったかい?」
「え?」
「怖いだろう。こんな話をきかされちゃ」

 その言葉にエドワードはゴクリと唾を嚥下した。

 た、確かに。
 襲う、とか。
 犯す、とか。
 そんなこと初めて耳にしたから、驚いたし、怖いけど。
 でも。

「………いえ、辞めません」

 ロアンは目を細めて。

「いいのかい?」
「はい」
「怖くないのかい?」
「………正直、怖いです。オレの故郷ではそんなこと無かったから」
「平和だったんだね〜」
「ええ、とても長閑な村だから、そういうことには無頓着で………」
「だったら、ここにいるべきじゃないだろ」

 身を守る為には故郷へ帰るべきだと、ロアンは目で語った。
 それに頭を振って。

「いえ、います」
「エド?」
「オレはここにある人を探しに来たんです」
「ある人」
「はい。その人に直接会うまでは絶対に辞めません」

 どんなことがあろうとも、足長さんに会うまでは絶対に辞めない。
 帰らない。

 ギュと両手を握り締めて、エドワードはロアンを真っ直ぐに見つめた。
 決意の篭った金の瞳にロアンは胸中で嘆息して。

「そうかい。だったら尚更だ。注意するに越したことはない。エドにはすまないが、この職場で働くなら男装で働いてもらうよ」

 すまない、なんて………。
 それはオレを守る為のことで。
 謝ることなどないのに―………。

 パン、とエドワードは頬を両手で叩いた。

 気を引き締めないと。
 ここは職場でオレにとっては戦場になるかもしれないんだから。

「わかりました」

 エドワードが頷けば、ロアンは金の頭に手を乗せてグシャリと掻き混ぜた。

「今、キャシーとケイトがお前さんの服装などを用意しているから、持ってきたら着替えるんだよ」
「はい」
「さて」

 カタン、とロアンは腰を上げて。

「それまで時間がある。先にエドの腕前を見せてもらおうか」
「はい」





      §            §





 コンコン、と重厚なドアにノックして、入室許可を貰ったロアンが執務室に入った。

「どうだった?」

 扉を閉めたのを確認して、ロイが口を開けば。

「駄目でした」

 その言葉にロイは眉間に皺を寄せた。

「軍の危険を教えなかったのかね」
「いえ、教えましたが、それでもこの司令部で探す人がいるとかで頭を縦には振りませんでした」
「………そうか」

 ふぅ、と溜息を吐いてロイはデスクチェアーの背凭れに身を投げた。

「困った子だ」
「彼女は大佐の知り合いですか?」
「ん、まぁ………そんな所だよ」
「そうですか。だったら、大佐が進言した方が早いのでは?」
「いや、そういうわけもいかなくてね」

 困った顔で笑みを漏らすロイに、ロアンはそうですか、と答えた。

「服装は?」
「男装させました。顔も髪も目立つ子でしたので、眼鏡をかけさせ、頭には布を巻かせました」
「そうか。有難う」
「いえ」
「これからも頼む。軍部内ではあの子を一人で行動させないように」
「はい」
「頼むよ」
「Yes.sir」

 敬礼をして、ロアンは執務室を出た。
 それを見送り、扉が閉まったことを確認してロイは溜息を吐いた。

「やれやれ」

 困った子だ。
 脅せば(半分は本当のことだが)故郷に帰ると思ったんだが、な。

「エディ、キミには感服するよ」

 チェアーを回転させ、窓の外に視線を向けた。
 青い空に白い雲。

「いい天気だ」

 目を細めて、ロイは胸中で愛しい人を想った。

「キミを守るよ」

 イーストにいる間は全身全霊をかけてキミを守る。
 だから。

「早く、長閑なリゼンブールに帰るんだ」

 足長は。

「キミの前に」

 姿を見せないのだから―………。





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   06/09/03UP