□ 見えない発信機 U−V □










「ホークアイ大尉」
「はい」
「電話は」
「ありません」
「そうか」

 東方司令部の執務室。
 窓際に置かれたデスクの前に座り、書類の決裁をしながらロイは小さな吐息を吐いた。

 まだ、こちらに着いていないのか?
 いや、そんなことはない。
 汽車は時刻通りに駅に着いたと聞いている。
 ならば。
 事件に巻き込まれた?
 それとも事故か。

 次から次へと悪い方向にばかり思考が回り、蒼白な顔になっていくロイにホークアイは眉間に皺を寄せて。

「准将、マスタング准将!」
「あ、ああ」
「書類が」

 書類?

 ロイが手元に視線を降ろせば、握り締めた所為でクシャクシャになっていた。

「……………」
「准将、そんなに心配しなくても大丈夫です」
「だが」
「彼女も子供ではありません」
「まだ十六だぞ。充分子供だ!」
「いいえ、立派なレディです」

 キッパリと言い切るホークアイにロイは言葉を詰めた。
 ホークアイは小さく溜息を吐いて、ロイを見据えた。

「晴れの日も雨の日も嵐の日も彼女を見守ってきた准将ならお分かりでしょうが」
「………」
「女の子の成長は早いものですよ」
「大尉」
「手紙に彼氏が出来ました、と報告されるのも近いかもしれませんね」
「!!……………そ、それは断固反対だ!!!」

 ガタン、と勢いよく立ち上がりデスクの乗りあがるロイに、ホークアイは冷めた眼差しを向けて。

「准将は反対できる立場でしたか?」
「っつ」
「確か、嫌ってくれればいいとか言っていませんでしたか」
「ぐっ」

 グシャリ、とまたもや書類を握りつぶし、ロイは下唇を噛み締めてデスクチェアーに腰を降ろした。

「使い物にならなくなった書類は全て書き直してください」
「わかっている!」

 ホークアイに当たるように返答するロイに副官は胸中で嘆息した。

「それでは後ほど、書類の確認にお伺いします」

 一礼してホークアイが退出し、ロイはデスクチェアーの背凭れに身を預けた。

 図星を指されて大尉に当たるなど………。

「最低だな」

 フゥ、と小さな溜息を吐いてロイはデスクチェアーを回転させた。
 窓ガラスから青い空を見上げる。

「キミは辿り着いたかな」

 この空の下。
 否。
 このイーストシティにキミがいる。
 そう、思うだけで胸がとても高揚する。

 それと同時に、十年前のことが脳裏を横切り顔を曇らせる。

「私に想われても、キミには迷惑なだけだな」

 自嘲気味に笑った。
 その時。
 電話が鳴った。
 受話器を手に取れば、待っていた相手からだった。

『さっき着いたわよ。まっさか、あんな小さな子だと思わなかったわ』

 電話の相手はマーナ・ブラッド。
 父・キングの妹で元軍人だ。
 足に大きな傷を負い、引退し今はセントラルに店を構え、とても繁盛している。

「小さなって何歳に見えたんですか?」
『十三か四?』
「………マーナ叔母さん」
『ハハハ、でも可愛くて綺麗な子じゃないか。アンタにゃ勿体ないね』
「勿体ないって………彼女は私のではありませんよ」
『だが、好きなんだろ』
「!」
『兄さんが言っていたよ。十年間、祝い事の度にプレゼントに手紙を添えて贈っているってね』

 あの糞親父!

『しかも彼女いない暦十年突入!と同時に片思い十年!おめでとう!!』

 明るい声に拍手がロイの鼓膜を叩く。

「………面白がっているでしょう。叔母さん」
『アハハ〜わかっちゃった』
「わかりますよ」

 頭を抱えるロイにマーナはカラカラと大笑い。

『いや〜、本当にアンタは兄さんにそっくりだ』
「嬉しくありません」
『そうかい?ま、仕事が終わったら様子を見に来な。今日から店に出てもらうから』
「今日ぐらい休ませてやっても」
『悪いな。人手が足りないんだ。それに彼女はそんなに疲れている様子でもなかったからな』

 疲れていたら店には出さん、と言うマーナにそうですか、と呟きを漏らしロイはエドワードを任せた場所を間違えたと後悔した。

『無理はさせんよ』
「そうしてください」
『じゃ、今夜待ってるよ』

 ガチャンと電話が切られ、ロイは受話器を戻した。

「やれやれ」

 相変わらず人使いが荒いお人だ。

 受話器から窓に顔を向けて。

「無事に着いてよかった」

 ようこそ、イーストシティへ。
 エドワード。

「さて」

 仕事をさっさと終わらせて様子を見に行くとしよう。

 デスクに向き直り、ロイはペンを持ち書類と向き合った。





          §          §





 定時前。
 ノックとともにドアを開いたホークアイがまず視線を向けたのは書類だった。

「仕事は終えましたか?」
「ああ、何とかね」

 顔をロイに向けながらも視線は書類に向けて、デスクに歩み寄った。

「彼女は無事に着きましたか?」

 パラパラと確認をしながらホークアイが問うとロイは嬉しそうに頷いた。

「良かったですね」
「だが、今日から店を手伝わせるそうだよ」
「そうですか」
「私は今日一日は休ませて欲しかったのだが」
「仕方ありません。あの方の店はいつも満員御礼です。今までブラッド様が一人で経営してきたのが不思議なぐらいです」
「それもそうだね」

 パラパラパラ、と書類を捲って。

「確認いたしました」
「帰っても?」
「お疲れ様でした」

 カタン、と席を立てばホークアイがロイに一礼した。
 カバンを片手にロイはデスクを迂回し、ドアに足を向けた。

「車は如何なされますか」
「歩いていく」

 ドアを開けて出て行こうとするロイをホークアイは無駄だとわかりながらも呼び止めた。

「では、ハボック中尉を」
「いらない」
「ですが」
「大丈夫さ。お疲れ」

 護衛を拒否し、ロイは執務室を後にした。
 その背を見送り、ホークアイはやれやれと溜息を吐く。

「まったく、自分の地位をわかっているのかいないのか」

 不満を呟くと同時にドアがノックされた。

「はい」
「ハボック中尉です」
「どうぞ」
「失礼しまーってあれ?准将は」
「帰ったわよ」
「い?!」

 壁時計に視線を向けて。

「定時っすね」
「そうよ」
「明日は雨っすか」
「かも、しれないわね。帰っててるてる坊主でも作っておこうかしら」
「………大尉、それは冗談になりませんよ」
「あら、冗談なんてとんでもない。本気よ」

 ニッコリと笑って言い切るホークアイにハボックは曖昧に笑った。

「それよりも、ハボック中尉は急ぎ?」
「いえ、明日でも構いません」
「そう。なら、これを運ぶの手伝ってもらえる」
「いいっすよ。ところで」

 口に銜えていた煙草をクイ、と上げて。

「准将はデートっすか」
「まさか」
「ですよね〜ってことは姫さんっすか」
「ええ、今日イーストに来たのよ」
「今日だったんですか」
「そうなの。だから、書類が終わっているのよ」

 いつもこうだといいのに、と恨めしそうに言うホークアイにハボックは力強く頷いた。

「じゃ明日は機嫌がいいっすかね」
「そうね。いいと思うわよ。十年越しの片思いの彼女と十年ぶりに話せるんだから」

 フフ、と和やかに笑ってホークアイは書類の束を手にした。





          §          §





 腕時計を確認すれば、六時を少し回ったところだった。

「早く行き過ぎるのも、な」

 駄目だろ、と思いながらも足はマーナの店に向かっていた。
 行動と思いが違うことにロイは苦笑する。

 一分でも一秒でも早く彼女に会いたい。

 急ぎ足で向かう店は司令部から五分の場所にある。
 店を視界にとめて、店内を伺えば大盛況。

 相変わらずだな。
 さて、どうするか。

 入ろうか。
 それとも時間をずらしてからにするか。
 店の前で悩んでいると、マーナが窓から顔を出して。

「ロイ坊」
「叔母さん」
「今日は早いお越しだね〜」

 ニヤニヤと楽しそうに笑うマーナにロイは思わず視線を逸らした。

「そんな所で立っていないで入りな」
「ですが」
「ちゃんと席はとっているよ」

 遠慮なんてお前らしくないよ、とまで言われたら入らないわけにはいかない。
 ロイは店内に足を踏み入れ、座りなれたカウンターの隅に腰を掛ける。
 そこには予約席のプレートが置かれていた。

「予約席って」
「予約だろ」

 カウンター越しにプレートを下げ、代わりに赤ワインが注がれたグラスを置かれた。

「何を食べる?」
「何がお勧めかな」
「そうだね〜。お勧めはエドが作ったクリームパスタだね」
「!」

 ロイが目を見張れば、マーナはニタリと笑った。

「叔母さん」
「おや、うちは何か間違ったことを言ったかな?」
「……………」

 思わず、ロイは頭を抱えた。
 あ、遊ばれている………。

「パスタだけじゃ足りないね」

 他はどうする?と問われ任せるとロイは答えた。
 マーナは了承し、料理を運んでいるエドワードに声をかけた。

「エド、注文が入ったよ」
「はーい」

 トレーを片手にカウンターに戻ってくるエドワードにロイは釘付けになった。

 金の長髪を後ろで一つにまとめ、金の瞳を輝かせて働くエドワードはとても綺麗で………。

 見惚れているといつの間にかロイの横にエドワードが立っていた。

「エド、紹介するよ。うちの甥、ロイだ」
「ロイ」

 エドワードはマーナからロイに視線を向けた。
 手を伸ばせば直ぐに彼女がいる。
 ロイの胸が高まる。
 だが。
 エドワードは息を詰めて一歩、二歩、三歩と後退したのだ。

「エド?」
「え、や、その………初めましてエドワードです」
「あ、ああ、初めまして、ロイ・マスタングだ」

 俯いて自己紹介をするエドワードにロイは怪訝そうに彼女を見つめた。

 何だ?
 三歩下がって、顔を背けた。
 避けられた?

「パスタですね。少々お待ちください」

 ロイに一礼し、パタパタとカウンター内に戻るエドワードを視界に止めながら。

「叔母さん、彼女は人見知りをするのですか?」
「いや、人懐っこいよ」

 人懐っこい。

「さっきからお客さんに笑顔を振りまいているし」

 笑顔を振りまいて………。
 と、いうことは。

「ロイ坊、アンタ嫌われたね」

 その言葉にロイは一瞬にして真っ白になった。





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   06/07/23UP